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星のこども/55

<運命の王>

そして―――ついにその時が訪れる。
クリスタルの力を指輪に蓄え、真の王としてアーデンと戦い、使命を全うするため仲間たちの元に、王は戻ってきた。10年の歳月が流れていたのもあり、仲間たちは髭を生やし、成熟された大人へと姿を変えており、お互い笑みがこぼれる。
タルコットからノクトがいなくなった後、世界がどうなってしまったのかを教えられてはいたが、ここまで酷いとは。ノクトは、最後になるであろう仲間たちとのキャンプで、彼らに想いを告げた。王としての責務がどれだけ重たく、勿論覚悟をしてやってきたつもりではあったが、仲間たちの顔を見て、彼らとお別れをすることが辛くなってしまったのだ。中々告げられなかったが、辛い、の一言をようやく彼らに伝える事ができた。
イグニスたちはノクトの本音を、涙をこらえながら受け止める。ノクトが王としてこれから何を行い、どうなるのか。それを知っているからこそ、仲間たちもとても辛かった。しかし、王は立ち止まれない―――この星で、すでに多くの犠牲を払ってきた…その上に立つノクトは、何が何でも使命を全うしなければならない。
パチ、パチと燃える炎を眺め、ノクトは呟く。

「…名前の事なんだけど、俺が…使命を全うしたあとの世界で必要不可欠な存在となる、だから、あいつを助け出したら、あいつを支えてほしい」
「…星のこども、だっけ」
「名前…無事だといいけど…」
「…ノクト、名前だが、噂ではアーデンと一緒にインソムニアにいるそうだ」

イグニスの言葉に、ノクトは小さくため息を漏らす。

「…だろうな、アイツ、最後に言ってたな…自分の娘だって」
「…娘に対する執着にしては異常だな」

グラディオの意見はご尤もだ。これは、グラディオだけではない、ノクトやイグニス、プロンプトも同じことを考えていた。

「名前が星のこどもだから、星に奪われる事が気に食わないんだろう」
「剣神がクリスタルの中で言ってたけど、星のこどもとして覚醒した者は、人間ではなくなる、と」

変えようのない未来。名前もまた、星の敷いた道を歩むこととなるのだろう。人ではなく、王として生きたノクトのように。
赤い炎を眺めながら、ノクトはクリスタルの中で起きた出来事を思い出していた。剣神バハムートから語られた星の真実と、彼がこれから成し遂げなければならない事、そして名前の事だ。
剣神は、彼女は既に星のこどもとして殆ど覚醒しており、あと1回、封印を解けば真の意味で星のこどもとして覚醒するとノクトに語っていた。その封印を解くカギというのが―――。

「ねえノクト、名前はその…どうなっちゃうの?」
「わからない、ただ…クリスタルの力を解放したあと、その時が来るまでクリスタルを守る役目がある…らしい」
「らしい?」

全て、剣神から聞いた話なのでノクトも実際よくわかってはいなかった。そして、剣神も彼に星のこどもについて、彼女が今後どうなるのかを具体的に語ってはいないので、知る者は彼女のみ、となる。

「名前がルシスの女王になるって事かな?」
「…まあそうなるんだろうな…」

プロンプトの疑問に、ノクトは静かに頷く。

「国を背負わせるのか、あいつに」
「―――剣神は、ルシスの血を引く、王が星の為に必要だと言っていた…名前の父親はアーデンだが、あいつはルシス家…その血を引いている名前は、この星でただ1人のルシスの血を引く女王だ」
「……ノクトは、それでいいのか」

世界に飛び出したばかりだった少女に、一般人だった彼女にその役目は重すぎるだろう。イグニスは、何故ノクトがさも当然のように名前を女王にさせようとしているのかが不思議でならなかった。そして、つい、きつめの口調で言葉を発してしまった。

「……あぁ、あいつは、すべてを承知の上で覚悟を決めていたよ」

例え、その道しか残されていなかったとしても、世界には光が戻る。夢の中での名前の言葉を思い出し、ノクトは瞼を閉じ、彼らに語り始めた。
クリスタルの中で名前が語った言葉を。

時間で言えば一瞬の出来事だったのかもしれない。ノクトはクリスタルで力を蓄えていたはずなのに、気が付けば赤い結晶に包まれた空間にいた。何処までも続く赤い空間ではあるが、不思議と、懐かしさを感じるその空間に、一筋の光が現れる。

『―――ノクト、来てくれて、ありがとう』
『…まさか、名前、か?』

暫く赤い空間を進んでいると、突然光に包まれて何かが姿を現した。懐かしい声に、ノクトも自然と笑顔になる。

『無理かもしれない…と思ったけど、なんとかクリスタルの中にいるノクトにコンタクト取ることができた…』
『無事か、名前』

突然現れた名前は、いつもと変わらぬ姿でノクトの目の前に立っていた。相変わらずの背の小ささも、久しぶりのように感じて触れようとするが、虚しく手が空を舞う。如何やら実体ではないようだ。そんなノクトの仕草に、名前も悲しげな表情を浮かべた。

『…うん、だけど、もうあまり時間がないみたい、だから、あの男は焦っている』
『時間がない…?あの男って、アーデンか』

その言葉に、名前は静かに頷く。

『お母さんが何のために犠牲になったのかを、ずっと考えてた、そしてルナフレーナ様が命を懸けた理由も……私、答えを見つけたんだ、大切な人たちが暮らすこの星を、守る事ができたらな、って』
『…名前』
『だから、ノクトも、命を懸けて…アーデンと戦うんだよね、だから、私だけ覚悟を決めないなんて、駄目だと思ったの』

赤い空間の中、パキ、パキと音を立てて赤い炎が現れ始め、名前は慌てたように腕を広げた。すると炎の勢いは弱くはなったが、あまり時間はなさそうだ。

『ノクトがこれからどうなるのか―――炎神から聞いた…私、ノクトが命を懸けて守ろうとしているこの世界を、守りたい』
『―――名前、』
『アーデンを殺したその時、私は目覚める』
『…アーデンって、お前の、父親なんだよな…』
『そうだよ…そうらしいね、一緒にいて、なんとなく思ったけど……あの人はずっと孤独なんだね…でも、わかる気がする、その気持ちも―――だけど、あの人を消さなくては世界は救われない、私は、星のこどもとして使命を全うする』

だから、後の世界の事は任せて。そう儚げに微笑みながら、赤い空間と共に名前の姿は消えていく。彼女と会話が出来たのは、この時だけだった。ノクトはすぅ、と瞼を開き、神妙な表情を浮かべる仲間たちを見つめる。

「…すごいな、名前は」
「覚悟、か」

自分の父親が死ぬことも、そして、使命を負う事も。
ルシス家の人間とは、みんなそういうものなのだろうか。グラディオは黙り込み、長い沈黙の後、小さなため息を漏らした。

「…そんな覚悟、1人でさせる訳にはいかねぇよな」
「―――そうだな」
「うん」

だから、頼んだ、みんな。
ノクトはまっすぐ仲間たちに向き合い、彼らに未来を託した。もう、何も思い残すことはないだろう。自分にそう言い聞かせ、改めて覚悟を決める。

これから使命を果たし、死に逝くノクトに剣神バハムートがすべてを語らなかったのは、せめて、彼が安心して逝けるようにという気遣いなのか、はたまた、神の敷いたシナリオが歪まないようあえて語らなかったのか。
そして、ノクトが会ったという彼女は、クリスタルが作り出した幻であり、彼女の意志ではない事を彼らは知らない。
その、すべての答えを握っている者は、力を失ったクリスタルの奥深くで目覚めの時を待っている。

何も知らない彼らは、火を囲いながら、最後の時を過ごした。

Published in星のこども