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生きる/02

<一人ぼっちなどいない>

 1785年、リンドブルムにてシェスカ・プリヴィアとベルベット・プリヴィアの間に元気な女の子が生まれた。この時、両親は彼女がこの国でも最高の名誉である秘宝『カムイ』を授けられる者になるとは、思いもよらなかっただろう。
 翌年86年、ヒルダとシドが結婚しリンドブルムは幸せの色に包まれた。過去に大きな戦争が起こったこの霧の大陸では、未だに過去の悲しみを引きずる者は少なくはない。人々は、この平和が永久に続くよう祈っていた。また、この国の主であるシドも平和を守るため霧の大陸三大国であるブルメシア、アレクサンドリアとの国交も大切にし、それに務めた。もう二度と、領土戦争が起きないように。
 しかし、幸せに包まれていたリンドブルムに悲劇が襲う。この国でも有名なリンドブルム国魔道士団の将軍である、ベルベット・プリヴィアが魔物討伐の任で命を落としてしまったのだ。ベルベットとは親友でもあるシドは彼の死に嘆き悲しんだ。国の主とは、色々と孤独な存在でもある。特にシドが大公の座に就くまでは様々なことが重なり、彼の心を悲しみが蝕んでいた。それを幼いころから陰から支えてくれていたのは、他でもないベルベット・プリヴィアその人だ。
 1787年3月、まだ幼い一人娘を残してこの世を去った彼の悲しみを思い、シドはまだ2歳である名前をやさしく抱きしめる。この子は、父の死をわかっているのか、わかっていないのか。泣きもせず、静かに埋葬される父の姿を見つめていた。
 悲しい事は立て続けに起こり、今度はヒルダが病に倒れ、二度と子を産めぬ体へとなってしまった。女性にとっては死よりも絶望的なことで、特にヒルダはリンドブルム大公の跡継ぎを産まなければならない立場だったので、事実を知った時彼女はあまりのショックで1週間ろくに食事もとれなくなってしまったのだ。
 さらに、ヒルダが病に倒れた3か月後、今度はシドの父、ファブール8世がこの世を去った。近年重たい病で一日の殆どを病室で過ごし、病魔に侵される苦しみに耐えていた前大公にとってはようやく苦しみから解放されたと言っても過言ではない。しかし、こうも立て続けに不幸が起こり、シドは辛かった。だが、彼はこの国を背負い立つ者、国の王が国民に悲しい表情を見せてはならない。シドは亡き父の言葉を守り、それからもいつもと変わらず気丈にふるまっていた。

「おかあさま、おめでとうございます」
「ありがとう、名前……」

 1790年、名前・プリヴィアが5歳になった頃、母のシェスカ・プリヴィアは夫に代わりリンドブルムが誇る魔道士団の将軍に任命された。彼女の魔法の腕はこの国でも随一で、彼女に憧れて魔道士団に入隊を希望する少女たちは少なくはない。その為、その娘である名前に対しての周りからの期待は大きすぎるもので、母はそれだけが気がかりでならなかった。引っ込み思案な性格もあり、年頃の友達は誰一人としていない。もしかしたら、自分の立場が娘の友達作りを邪魔しているのではないだろうか、と彼女は仕事の合間、常に娘の心配ばかり抱えていた。こんな時、貴方がいてくれれば。名高いシェスカ・プリヴィアでも、娘のこととなればただの1人の母。彼女はシングルマザーで名前を育て上げる決意をしている反面、心のどこかでは亡き夫の姿を探していた。
 シェスカは幼い名前をそっと抱きしめ、大きくなった娘の姿にほほを緩ませる。夫が亡くなってから3年、名前は父の姿なくともここまで立派に成長した。この子も頑張っているのだから、自身も頑張らなくては。シェスカにとって、名前の笑顔は何よりの活力で生きる希望だ。母が苦悩しているとも知らず、名前は今日勉強したことを一生懸命彼女に話す。周りからの期待を受けているだけあり、無意識なのか名前は幼いながらに魔法の勉強に励んでいる様子だ。

「ふふ、がんばっているのね」
「まほうのおべんきょうは、たのしいよ!」
「そう…」

 やはり、血の繋がりか、名前は母や父と同じく8歳になった頃、リンドブルム魔道士アカデミーに見事入学を果たした。魔法に関しての試験では特に厳しく、募集人数をオーバーするほどリンドブルムでも人気のアカデミーだ。家柄など一切関係なく、ここは入学希望者の能力だけで判断される。血のにじむような努力をした者が集まり、互いに高めあうことでリンドブルムという国は支えられ、巨大になった。このアカデミーに入学する者たちの共通の夢は、リンドブルム国魔道士団に入る事。この国の子供たちが皆憧れる場所だ。
 このアカデミーには実際に魔道士団に勤めている隊員たちが教員となり、魔法や剣術を指導している。勿論、週に1回はシェスカも教員として少年少女たちに魔法や剣術を指導し、時には厳しく叱るときもあるのだ。勿論、実の娘にだって容赦はしない。ほかの子供たち同様、平等に指導をしている。

「名前、貴女は白魔法に向いていないようね…」
「はい……教官」
「クラスを移動しましょう、デルタ、貴方もです」
「はい」

 デルタは名前と同じ年に入学した少年で、彼の両親は魔道士団第2部隊に所属している。親の後を追うのは別に珍しい事ではない。このアカデミーには生徒60人のうち10名の子供たちの親は、魔道士団のどこかの部隊に所属しているのだから。
 魔道士団は一つの能力に特化する必要があり、白魔法はサポートとして必要不可欠な能力ではあるのだが、黒魔法同様得意不得意に大きく分かれる分野でもある。両方をバランスよく扱える者は赤魔道士クラスへ、白魔法に特化した者は白魔法士クラス、黒魔法も同様だ。そのどちらでもない子供たちは魔法剣を扱う魔法剣士のクラスへ移される。魔法剣士のクラスは魔力がそこまで高くない子供が多いので、アイテムなどで魔力を底上げする必要がある。アカデミーの中では一番人気が低く、低い理由は体力を一番消費する分野だからだ。白魔法士クラスがサポートに回り、黒魔道士クラスがサポートをしつつ攻撃魔法を、そして赤魔道士は二つのクラスをサポートしつつ、もしもの事態に備えることとなっている。その中で魔法剣士クラスの者たちは、常に戦いの最前線に立つこととなっており、もっともけが人の多いクラスと言っても過言ではない。けがをしないようにするのは剣士として絶対不可欠のことではあるが、痛みを経験することでそれを積み重ね、学んでいく。アカデミーではあるが、ここはこの国を支え守る魔道士団の育成所、泣き言は通用しない。先代のお蔭で霧の大陸は平和を取り戻したが、またいつ戦いが起こるか誰にもわからない。必ず起こらないとも言い切れないその戦争や、魔物の襲来、表面上は平和に見えてもそれはいとも簡単に壊れてしまうだろう。それを守るために、自分たちがいなくなっても守れるよう子供たちを教育し、次の代へと伝えていくのがこのアカデミーが存在する本当の理由だ。
 デルタと名前は教官に連れられ、魔法剣士クラスへ移動する。入学してしばらくすると、個々の向いている能力がわかる。それが決まるまでは個人差があるが、大体は入学して2か月程で能力が判明する。親が黒魔道士部隊だったとしても、その子供がそのクラスに入るとは限らない。デルタは親のように黒魔道士クラスに入りたかったようで、魔法剣士クラスに入るなり一番後ろの席に着き、顔を突っ伏してしまった。デルタは黒魔道士クラスに一度入ったものの、向かなかった為に白魔法クラスへ移った。それでも向いていなかったので、名前同様このクラスにたどり着いたというわけだ。

「…デルタ」
「名前は、いいのかよ」
「え?」
「本当は、白魔法士クラスに入りたかったんだろ」
「うーん…そうだね、でも、やっぱりわたしには向いてないみたい。先生たちの言うことは、あってるもの」
「やっぱり、将軍殿の娘は違うよな」
「…デルタ」
「ごめん、今のは忘れて。名前がそれを気にしているの、わかっているんだ、でも…ちょっと、イライラしちゃって」

 彼は、名前がここに入学して初めてできた数少ない友人でもある。引っ込み思案な名前に話しかけ、友達の輪に混ぜてくれた。アカデミーが終わっても、二人はいつも一緒に勉強をしている程仲が良かった。

「頑張ろう、デルタ」
「……うん、でも、父さんたちになんて言おうかな……まさか、どっちの魔法もろくに扱えないなんてさ…」

 このアカデミーに入学できたのだから、才能がないわけではない。ただ、ここでの審査基準がかなり厳しいだけ。なにしろ、ここの子供たちはリンドブルムの国民にとって希望の光なのだから。

「うんと頑張ればいいんだよ」
「……」
「お母様が仰っていたの、魔法剣士はどの部隊よりも過酷な任務内容だけれども、軍隊の要だって」
「……」
「そんな重要な役目を受けられるなんて、とても幸せなことじゃないかしら」
「……」
「一番前に出てくる、なんてカッコイイじゃない!」
「……そう、だよな」
「ありがとう名前、おれ、変だよな」
「頑張ろうね!」
「…勿論!」

  亡き父が生前よく言っていた。人は助け合って生きていく生き物だ、と。誰かの力を借りなくては、生きてはいけない。一人ぼっちの人なんて、誰一人いないのだと。

Published in生きる