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生きる/03

<男の子なんて>

 名前たちが1年生の試験を無事通過し2年生へと昇格した頃、アレクサンドリアで国王が急死されたと訃報が入った。この日ばかりはアカデミーも急遽休みになり、シド大公はヒルダとシェスカ、その他の上官達を連れアレクサンドリアを訪ねた。この日はブルメシア王もアレクサンドリアを訪ね、国関係なく彼の死を悲しんだ。亡くなったアレクサンドリア王は偉大なる男で、彼もまたシドと同じく霧の大陸に平和をもたらした人物の1人だ。残された妻のブラネと、一人娘のガーネットは黒い喪服で葬儀に参列している。その光景を見つめ、名前は自分と大して年の変わらない姫君の心中を察し小さくうつむく。アレクサンドリアを象徴するかのような、美しく気高いバラのアーチが墓前に添えられ、参列者たちは彼が無事天国へたどり着けるよう祈った。

「……しく、しく…」

 国王の葬儀も終わり各国の要人たちが次々に去っていく中、名前は誰かのすすり泣く声を耳にした。列から抜けると、すすり泣く声の主は驚くことに、あのガーネット姫だったのだ。

「この度は、お悔やみ申し上げます、ガーネット様」

「……しく……しく……あなたは」

「わたくしは、リンドブルム国魔道士団将軍、シェスカ・プリヴィアの娘、名前・プリヴィアです」

「……わたくしは……ガーネット・ティル・アレクサンドロス17世です……初対面ですのに、泣き顔で…申し訳ありません」

「いいえ、どうか頭を下げないでください…!」

 王族に頭を下げられるなんて、母に知られたら怒られてしまう。名前は珍しく慌てふためき、石畳に尻餅をついてしまった。

 

「…ご、ご無礼を許し下さい…!」

「ふふ」

 確かに、小さくだが笑い声が聞こえた。名前は恐る恐る表を上げると、充血した瞳がやさしく細められていた。

 

「ありがとう、名前…少し、元気になれたわ…」

「いえ…とんでもございません…」

「そうだわ、よければわたくしの文通相手になっていただけないかしら」

「……わ、わたくしめでよろしければ……!」

「ありがとう」

 年の近い知り合いがいなかったから、うれしいわ。と微笑むガーネット姫の横顔を忘れられず、リンドブルムに帰ってきてからもしばらくずっと彼女のことを考えていた。なんと心が広く、やさしい方だっただろうか。ガーネット姫はおそらく、今後霧の大陸一の美姫と成長するだろう。ガーネットのファンであるデルタが聞いたら、きっと自分を羨むはずだ。

 翌日、デルタだけに教えてあげたはずなのに、気が付けばアカデミーの全員にこの話が知れ渡ってしまったのには驚いたものだ。確かに、一国の姫君と文通など誰もができる事ではない。しかし、手紙を出す際はその一言で最悪戦争を招きかねないので、母に見てもらいながら彼女へ手紙を綴った。内容は日常で何があったとか、そんなところだ。

 ガーネット姫との文通も、気が付けば5年が過ぎていた。13歳になった名前はアカデミーを卒業し、今までの努力もありデルタと共に新しくできたばかりの第零部隊に入隊することとなった。ほかの少年少女たちとは違う部屋に案内された名前たちは、上官がやってくるまで緊張感に包まれた個室で待っていた。

「…秘密、部隊だって」

「うん、知らなかったわそんなのがあるなんて」

「名前も知らなかったの?」

「うん」

 この5年で、名前の人見知りも随分と治ったような気がする。これも引っ張ってくれたデルタのお蔭だろう。暫く待っていると上官のジルバートがやってきた。彼は元々第4部隊に所属しており、昨年この隊の隊長になったばかりだ。第零部隊に選ばれたデルタと名前、そしてレイルの3名は其々与えられた黒い制服と鎧に着替えると、一列になり、隊長から剣を授かった。

「我々は、表に名は出てこないが…とても重要な部隊、表だって出来ない任務を主に遂行する役割だ、そして…どの部隊よりも過酷で、自己犠牲をすることになるだろう」

「……自己犠牲…?」

 その言葉に、思わず名前は声を漏らす。

「プリヴィア、君の母君はアレクサンドリアベアトリクスと同じ、聖騎士の名を持っていることは知っているな」

「は、はい…」

「聖騎士とは、白魔法と剣術を極限まで極めた者のみに与えられる称号、黒魔法と剣術を極めれば魔法騎士だ。しかし、我らはそのどちらでもない――――」

「では、この隊は一体……」

「聖騎士の反対、といえばわかりやすいだろうな。暗黒騎士……というのを、君は知っているかね」

 暗黒騎士とは、暗黒剣という身を削り敵に絶大な攻撃を食らわせることが出来る技を持つ騎士のことだ。闇の力を使うため、生半可な精神力では剣すら持つことが出来ない。暗黒の魔法と、暗黒剣を使い身を削る。まさに自己犠牲の塊だ。

「わたしの束ねる隊は、暗黒剣の使い手が集う暗躍部隊。君たちの精神力は大人顔負けということだ」

「……すごい、父さんたちが聞いたら、驚くだろうなぁ」

「今日の夕食の時にでも教えるといいだろう、今夜は新しく入隊した君たちを祝うために、晩餐会が行われるからね」

「やった!」

「名前……」

「あ、ご、ごめんなさい…」

 純粋に喜ぶ名前に対して、レイルとデルタは苦笑を漏らす。

「ふふ、君は相変わらずのようだね、君の母君から色々と聞いているよ」

「お、お母様から……」

「あぁ、あの人は我らのあこがれの人だからね、しかし、君のことを語っているあの人は泣く子も黙るプリヴィア将軍、なんて名が霞んで見えるぐらいに楽しそうだよ」

 他所でそんなことになっていたなんて。うれしいやら、恥ずかしいやらで名前は鎧に顔をうずめる。

「さて、諸君、明日からは実習だ……暗黒剣の使い方も、明日教えよう。いいか、入隊できたことを喜びすぎ、気を緩めないように」

「「「はい、隊長!」」」

 暗黒剣士になるなんて、思ってもみなかった。当初、魔法剣士クラスに来たデルタは随分と気落ちしていたが、もしかしてこれはかなりの大出世なのではないだろうか。上官がいなくなり、晩餐会まで時間があるので鎧を脱ぎ、黒い軍服のまま3人は学び舎だったアカデミーを後にする。

「でも驚いたなぁ、レイル、お前も一緒だなんて」

「なんだよそれ」

「お前、テストの点ぎりぎりだったからさ、心配していたんだよ」

「それをいうなって……」

 確かに、レイルはクラスの中でもテストの点が低く、仲間たちには随分と心配をされていた。しかし、それは筆記だけであり、実技はどの子供たちよりも上達が早く、剣術に至っては学年トップの成績を誇っていた。おそらく、筆記が悪くともそれでカバーできたので今ここにいるのだろう。ほかに学んだ子供たちの半分以上は試験をパスできなかったようで一般的な部隊へ入隊したそうだ。歩兵部隊にチョコボ部隊、とここ以外にも多く部隊は存在するので、いくらアカデミーを落ちたからとは言えあぶれることはない。

「そういや名前、君はまだお姫様と文通を続けているのかい?」

「え?そうだけど…」

 突然話を振られ、二人を振り向く。

「うらやましいよなぁ…ガーネット姫と文通だなんて……しかも、時々パーティに呼ばれるんだろ?将軍の一人娘は格が違うんだろうなぁ」

「もう、デルタったら」

 少し前までは、そのことをいじられると何にも返せずただ言いよどんでしまうだけだったが、最近は考え方が変わり冗談と受け止められるようになった。勿論、本気で妬んでくる者はいたが、適当に返せばいいのだと学んだので特に苦ではない。母が将軍だから、ここまで来れたわけではない、己の実力の結果だ。人を妬む暇があるのならば、自身をもっと磨くべきだと思う。

「本当にガーネット様のことが好きなのね…」

「あぁ……恐れ多いけれども、でも、ガーネット姫……美しくなられたよなぁ…」

 鼻の下を伸ばすデルタとレイルを横目に、名前は小さくため息を吐く。確かに彼女はとても美しく成長した。誰もが見とれる美貌を持っている。しかし、彼女は一国の姫君。

「はぁ~、隣にいるのがガーネット姫だったらなぁ…」

「あぁ…」

 こいつらなんて、ブリ虫になってしまえばいいのに。遠い国にいる姫に思いを馳せ、だらしなく鼻を伸ばす二人を放置し、名前はそのまま劇場区行のエアキャブに乗り込んだ。エアキャブからの夕日を見つめながら、名前は静かに今や遠い人となってしまった父の姿を思い出す。夕日を見ていると、父が亡くなったあの日のことを思い出す。あの時、凶暴なベヒーモスが大量発生しリンドブルムでは厳戒態勢が敷かれた。当時将軍だった父ベルベットは魔道士団を引き連れベヒーモス討伐に向かったが、彼はその4日後に青白い顔をして戻ってきた。ベヒーモスの中でも最も凶暴とされるキングベヒーモスが20以上もいたらしく、部隊は壊滅。しかし、ベヒーモスとは相討ちとなった彼らのお蔭でそれ以外の被害は出なかった。あのまま、ベヒーモスが野放しになっていたら国民数百人は間違いなく犠牲になっていただろう。

 夕日に照らされ、思い浮かべるは冷たくなった父の顔。あの時初めて、死というものを感じた。父は死ぬ間際、何を思っていたのだろうか。

 お父様、わたし、これからどうなるのでしょうか。第零部隊は国の暗躍部隊であり、その分危険な事もほかの隊より多いと聞いた。

「劇場区に到着です」

 ぼんやりとしているとあっという間に劇場区にたどり着いてしまった。こんな風に、あっという間に時は流れてしまう。あの頃より、わたしは強くなれただろうか。

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