<ジタンと言う男>
第零部隊の訓練はかなり身に堪えたが、お蔭様で暗黒剣の腕は見る見るうちに上がった。それでも、レイルにはかなわなかったが。
「なぁ知ってたか?最近シド様が頻繁に住居区にあるバーを訪ねているそうだ」
「シド大公殿下が…?」
この国の大公は、国民と距離が近い事で有名だったが、何故住居区のバーなのだろうか。この時、この噂が後に大事件を齎すきっかけとなることを、国民は知る由もなかった。
「もう、やめてくださいよ」
「どうしてだよ」
「年頃の女の子ならそういう噂話好きだろ?」
「失礼します」
「ま~ったく、流石はプリヴィア様のご息女だ」
第零部隊の仲間である男は呆れたように去っていく名前の後姿を見つめながら、その風貌とそっくりな彼らの上司、プリヴィアの姿を思い浮かべる。
「だから君はいつまでたっても、出世が出来ないんだよ」
「うるさいなぁ…」
「名前ちゃんも、大きくなったよなぁ…この部隊で、唯一の女の子だもんな」
「そういう目で見るの、やめたほうがいいぞ」
「冗談はよせよ、プリヴィア様のクライムハザードは本当にきっついんだからな」
「じゃあ、どんなつもりで言ったんだよ」
「俺はなぁ、純粋に女の子一人だけなのに男に混じってよく頑張っているな、って言いたかっただけだって!」
「じゃぁそういえばいいだろ」
同じ隊の先輩たちの話を聞きながら、デルタはやれやれ、と名前の後を追う。
「―――殿下の噂話なら、結構です」
「違うって、名前、おれだってば」
「……なんだ、デルタか」
「なんだとはなんだよ…」
「何の用?わたし、忙しいの」
確かに、剣の歯を研いでいるので暇ではなさそうだ。デルタはポケットから魔石のついたピアスを名前に手渡す。
「…何、どうしたのこれ」
「妖精のピアス、ばあちゃんのおさがりだけど…明後日、地竜の門付近で実演だろ」
「……貸して、くれるの?」
「お前にやるよ、持っててくれ。男でピアスなんて気持ち悪いからさ…お前になら、ぴったりじゃないかと思ったんだ」
「……ありがと、どうしたの、頭で打ったの?」
「失礼だな」
デルタから受け取ったピアスを早速つけると、太陽の光に照らされきらりと輝いた。それを見ると、デルタは嬉しそうに笑う。
「よかった、似合ってるじゃないか」
「当たり前でしょう、わたしを誰だと思っているの」
「……褒めなきゃよかった」
本当はうれしかった。女の子として、おしゃれとは無縁の立場にいるのでデルタの気遣いが有難かった。
「何よ、照れてほしかったの?そんな……うれしいけど…恥ずかしいわ…」
「おいやめろって…気色悪いだろ」
「気色悪いってどういう意味よ!」
「いだだだだっ、おいっ、おれに対して暗黒剣使うのはやめろって、うあー!」
いつまでも平和が続けばいい。いつまでも、こうして大切な仲間や家族たちと笑っていられたら。
明日は1週間ぶりの休暇だ。先輩たちは大人なので鍛錬終了後にバーへ向かったが、まだ子供である名前とデルタ、そしてレイルは劇場区にある劇場へ君の小鳥になりたいを見るために向かった。このお芝居は中々の人気で、チケットはすぐに完売してしまうほどだ。今回偶然レイルの祖母が3人分のチケットをとれたようで、入隊のお祝いとしてそれをくれたのだった。一応軍隊なので、常に軍服に身を包んでいなければならない。緊急時、すぐに出動できるようにだ。重たい鎧はその時にならない限り装備しなくてもよいのでまだ楽ではあったが。ドレスに身を包んだ年頃の少女たちが通り過ぎる中、黒い軍服姿である名前の姿はとても浮いて見えた。
「名前もあんなドレス着たりするのか?」
「パーティにお呼ばれされればね」
「想像もつかないや」
「……まぁ、動きにくい事は確かね、それにしてもあの子たち、モルボルよりも酷いにおいがするわ」
「そうか?俺にはいい匂いだな~としか…」
「そうそう、こう、ふわ~~ってなるよな」
「あぁ、わかるわかる、ふわ~~~ってな!」
なにが、ふわ~だ。何故この男たちは、彼女たちの香水の悪趣味さがわからないのだろうか。石鹸の匂いでいいと思うのに。
「おい、名前、俺にブラインかけるのやめろって」
「ごめんね、ちょっと手が滑っちゃって」
「滑って普通黒魔法使うか?」
「そういえば、このチケット自由席だったわね……わたしはあっちの席で見るから、貴方たちはわたしより離れた別の席で見て頂戴」
「え、おいなんだよ折角一緒に来たのに…!」
「おい名前!」
別に、自分が惨めだとか思ったわけではない。なんとなく、一人になりたかっただけだ。あんなモルボルの香りを喜ぶような仲間と一緒に演劇など見たくない。席に着き、しばらくすると劇場内は暗くなり、明るい音楽が流れ始めた。この時ばかりは、軍人という立場を忘れ劇を心置きなく楽しむことが出来た。劇が終わり、暫く感動に浸りながら二つの月を眺めていると、誰かが隣にやってくるのを感じる。ゆっくりと振り向くとそこにはしっぽの生えた不思議な少年がこちらを見て微笑んでいた。その瞳は青く、まるであの月のようだ。
「どうだった?」
「……へ?」
「劇、見に来たんだろう、前の方の席にいたからすぐにわかったよ」
「貴方は?」
「俺はジタン、時々劇場を手伝ってるんだ」
「そうなの……ジタンは何をしていたの?」
「俺は裏方で小道具を運んでたよ」
ひょい、と身軽にベンチから降りると彼はポケットから2枚のお芝居のチケットを取り出し名前に差し出す。
「これは…」
「来る日によっては出演者が変わるから、別の日にもまた見に来るといいよ」
「……ありがとう」
小さくウインクされ、名前はただ茫然と彼の背中を見送る事しかできなかった。翌日、久しぶりの遅い朝を迎えた名前は手早くいつもの軍服に着替えると、キッチンに降りドリップ器のスイッチを押す。ぽた、ぽたとゆっくり落ちていくコーヒーを見つめながら、香ばしいその香りをゆっくりと吸う。バスケットからパンを取り出し、ジャムを乗せ一口頬張るとマーマレードの甘さとパンのしょっぱさが口いっぱいに広がった。
「……はぁ、久々よね、こんな時間に起きたのなんて」
昨日の少し嫌なことも、朝になればキレイさっぱり。便利な性格だ、と我ながら思う。名前はドリップし終えたコーヒーをマグカップに注ぎ香りを楽しむ。なんて有意義な朝だろうか。一口飲めば、コーヒーの旨みが口から鼻へ広がり、外から聞こえる人々の足音が耳に心地よい。
「あ…そういえば……」
ジタンからもらったチケットのお礼は何にしよう。名前はぼんやりとコーヒー豆の詰まった瓶を手のひらで転がしながら、ジタンへのお礼を考えていた。ジタンとはあの日初めて出会ったが、彼は一体何が好きなのだろうか。コーヒーはさすがに飲まないだろうし……。
シャワーでも浴びよう。そう思い立った名前はタオル片手にシャワー室へ向かう。軍人になったお蔭で、朝起きて服のチョイスに困らないことはとても助かっているが、どうしてこの部隊は黒一色に統一なのだろうか。もう少し、色味があってもいいのに。シャワー室から出てタオルで水滴を拭き、再び軍服にそでを通す。
「名前、頼む匿ってくれ!」
「……はぁ、いい加減にしてってば」
家の入口をたたく人物のお蔭で髪を乾かす暇すらない。名前は友人の叫びに答え渋々門を開く。
「あ、もしかして風呂入ってたのか」
「そうだけど……」
「なんでこんな時間に…じゃなくて、すまん、恩に着る」
「はぁ、何度目よ」
「……2回目、かな?」
「5回目よ」
「よく、覚えていらっしゃるようで…」
走ってきたためか、髪の毛が彼方此方に向いているデルタの姿に名前はわざとらしく大きくため息を吐いた。デルタは社交的で、どんな人に対しても分け隔てなく仲良く接していたのでアカデミー時代から人気者だ。家柄もよく、見た目もハンサム(らしいが)な為女の子には特に人気が高かった。アカデミーを卒業してからというもの、さらに人気となってしまい休日はこうして女の子に追い掛け回されている。
「やぁ名前」
「レイルもどうしてうちに来るわけ?」
気が付けばいつもの3人組がそろってしまった。しかも、しっかりレイルは手土産まで持参している。
「ここのバームクーヘンが旨いんだよ」
「へぇ~、どれどれ~」
「ダメだって、これは名前への土産なんだからな、お前はピクルスでもかじってろって、ほら」
「っげ!なんでそんなもの持ってるんだよ!」
「失礼ね、おいしいじゃない、ピクルス!ならわたしが頂くわ!」
「「――――」」
この時、デルタとレイルはピクルスをおいしそうに頬張る彼女を見つめ、同じことを考えていた。言葉を発しなくとも、通じ合えるそんな仲になったのだ、と。
その光景を、どこか遠い目をしながら見守るデルタたちだが、ふと机の端に置かれたチケットが視線に入った。
「ん、また見に行くのか?」
「あーそれね、昨日ジタンからもらったのよ」
「ジタン?」
「劇場で時々アルバイトをしている子」
「ふうん……へ!?」
「こりゃ驚いた――――」
「ちょっと、いきなり立ち上がらないでよびっくりするじゃない…」
突然立ち上がった二人のお蔭でピクルスが変な器官に入りそうになり、思わずゴホゴホと咳き込む。
「まさか、君にそういう人ができるなんて、驚いたなぁ」
「あぁ…夢でも見てるんだろうか」
「驚きも何も、ちょっと、何の話をしているの?」
「チケットをくれたってことは、一緒に見に行こうってことだろ?」
「友達と見に来いって意味じゃないの?」
「――――違うだろ」
「あぁ」
この二人が言いたい意味が分からない。名前としてはそれよりもチケットのお礼のほうが大事だったので、いつものように二人を放置し名前は商業区までやってきた。暫くすると慌てたように二人も追いかけてきたが、とりあえず無視しておこう。
「すみません、これをください」
「ふふ、いつもこれを買うのね貴女、モーグリのお友達が多いのね」
「えっあ……まぁ、はい」
店に入ると、迷わずクポの実を手に取りカウンターまで持っていく。クポの実を毎週買っているのは、アレクサンドリアにいるガーネット姫に手紙を届けるためだ。いつもモーグリたちが手紙を届けてくれるので、お礼がてら週に1回、彼らにこれをプレゼントしている。
「あ、あと…男の子へのプレゼントって、何を渡したらいいですか?」
「あらまぁ…ふふふ、そうねぇ……うふ、まだあなたは子供だから早いわね、うん、大人になったら教えてあげるわ―――」
この人は、何か勘違いをしているようだ。とりあえず店の女性が進めてきた物の中で一番無難であるナイフの研ぎ石を選び、店を後にする。
「プレゼントに何買ったんだ名前」
「クポの実」
「えっ、もしかして…そのジタンってやつ…」
オスのモーグリだったのか。買い物を済ませ気分上々の名前に、二人のつぶやきが聞こえることはなかった。それからジタンという人物に出会うまで、彼らにジタンがモーグリの名前であると勘違いされ続ける事となる。