<ブリ虫>
お芝居の公演日に珍しく親子ともに休みがかぶったので、シェスカと共に見に行った。勿論、空いた時間にジタンへお礼の研ぎ石は渡してある。ジタンはまさかお礼がもらえるとは思ってもいなかったようで、とても喜んでいた。ジタンはタンタラスという盗賊団に入っているようで、最近リンドブルムに帰ってきたばかりだそうだ。
ジタンと別れると、名前はシェスカと共に商業区にあるレストランへ向かう。
「ここ、いつも予約でいっぱいだから取れてよかったわ」
「そうなんだ…でもここ、3か月前から予約しなきゃ……だったよね?」
「ふふ、ここだけの話、立場を大活用させてもらったわ」
「―――お母様…」
「だから名前、貴女も賢く生きなさい」
さすがは、我が母だ。それでも、十二分に国に貢献しているのだから、これぐらい許してもらえるだろう。
「名前、最近調子はどう?」
「うん、順調…でも、暗黒剣って難しいのね……間違えたらフェニックスの尾何個あっても足りないもの」
「こまめに回復をしなくちゃ…でも不思議、娘の貴女が私と正反対の部隊に入るなんて」
「本当に不思議、でも、仲間はみんなやさしいし、面白いよ、そりゃぁ…大変だけど、平和の為だもの」
「そうね……貴女が、逞しくここまで育ってくれた事、本当に感謝しているわ」
「―――お母様」
「生まれてきてくれて、ありがとう」
改めて言われると、なんだかくすぐったい言葉だ。
「産んでくれて、ありがとう」
人は、いつ死ぬかなんてわからない。突然お別れが来てしまって、その時に言いたかった言葉も伝えられないのは悲しい事だ。だから、感謝の言葉は思い立ったらすぐ伝えるようにしている。二人は軍人なので、それがどれほど大切なことかよく理解していた。
「ねぇお母様、お父様が亡くなって……もう11年が過ぎたのね」
「…そうね」
「あっという間だったなぁ」
「何よそれ、私のセリフじゃない」
「ふふ、そうだね」
「これからも、ずっと平和でいられたらいいな」
「―――守りましょう、私たちが」
「うん」
勿論、そのつもり。名前とシェスカは、もしもの時の為に一つ約束をしていることがある。それは、お互いどちらかが死んだ場合、もう一人の分まで国を守り通す事。それが、この国の騎士としての務め。親子だろうと、それは変わらないことだ。
月日は流れ、名前が14歳を迎えたある日それは突然起きた。ガーネット姫への手紙が届かなくなってしまったのだ。それだけではなく、アレクサンドリアから不穏な噂を耳にするようになった。なんでも、ブラネ王女の命でどこかの地下に兵器工場を作っている…と。
「……重たい、ね」
「そりゃあそうだろ……」
「どうなっちまうんだ、この国は」
朝から空気が重たい理由、それはシドの姿に理由があった。昨日、霧を必要としない飛空艇、ヒルダガルデ1号の完成を喜びパーティが開かれたまでは良かった。母からの話によると、その日の夜遅く酒に酔ったシド大公は住居区にあるバーへ向かい、店員の女性を口説いてしまったのだ。確かにバーの女性はとても美しく、巷でも有名ではあったが大公がそんなことをしてしまうとは思いもよらず。幸い店は閉店した後で人気も少なかったのでこのことを知る者はオベルダとシェスカ、そして名前だけだ。怒りに狂ったヒルダは、シドをブリ虫に変え一人ヒルダガルデ1号に乗りどこかへ行ってしまったらしい。理由が理由なので、表向きにはヒルダガルデ1号と共にヒルダ妃が連れ去られ、その際大公はブリ虫にされてしまったことになっている。いくら仲間でも彼らに真実を伝えるわけにはいかないので、国の一大事だと慌てるデルタたちを名前は複雑な心境で見つめていた。男の人とは、そういうものなのだろうか。
「…ヒルダ様、すぐに見つかるといいんだけれども」
「……」
「ヒルダ様捜索の命が別の部隊に下ったそうだ、それでも見つからなかったら、俺たちの出番だな!」
「チョコボの森も捜索してみたんだが……犯人の痕跡も、ヒルダ様の姿も、飛空艇も見つからなかったよ……犯人は飛空艇が目的だったんだろうか…」
「ヒルダ様に決まっているだろ!もしかして、アレクサンドリアの連中が…?」
アレクサンドリアの不穏な噂は、軍部にも浸透している。しかし、この手の噂には何らかの意図があるはず。何者かが、戦争を企てようとしているに違いない。リンドブルムが動けばブルメシアも動き、噂が真意出なかったとしてもアレクサンドリアも動くこととなる。そうなれば、再び最悪な戦争を勃発させることになってしまう。それだけはなんとしてでも避けなくては。
「なぁ名前、姫様との文通はどうなったんだ?まだ返事が来ないのか?」
「……うん、どうやらアレクサンドリアに入ろうとすると、追い返されてしまうみたいで…」
「そりゃまずいな…」
「本格的にまずいぞ、なぁ名前、アレクサンドリアは戦争を望んでいるのか?」
「何のためによ…領土問題なんてすでに過去に落ち着いているはずだし、ブラネ様がそんなことを考えるはずが無いじゃない」
「いいや、わからないぞ……国王陛下を失った悲しみが、あの方を狂わせてしまったのかもしれない」
「どうかしら…でも、亡くなられてから随分と月日が流れたわ、流石にそれは無いんじゃ……」
それはないだろう、この時はそう信じていた。
12月に入り、鎧がキンキンに冷える季節がやってきた。第零部隊は全身鎧の着用が義務付けられているのでインナーを分厚くしないと、外気の冷たさが鎧に伝わりいくら体を動かしてもいつまでも寒いままで少々辛いものがある。この季節になると、厚着で鎧などという重たく冷たい装備をしなくてもいいほかの部隊が羨ましくて仕方なかった。
「何名かの第一部隊から第四部隊の者は、南ゲートに配置されたそうだよ」
「何名かって……半分以上が南ゲートにいるじゃないか」
「この間、歩兵部隊の3部隊が南ゲートに向かったらしいぞ」
「あれ以上南ゲートの警備を増やしてどうするんだろう……」
「さぁな……」
シド大公はブリ虫になってしまってからは、脳みそもブリ虫並になってしまったようで飛空艇の一隻も完成させることが出来ずにいる。霧が無くとも稼働できるヒルダガルデ1号と、ヒルダ妃は一体どこへ行ってしまったのか。いくら夫婦げんかにしてもこれは長すぎだ。アレクサンドリアが、とは考えにくいが裏で何者かが手を回していることは間違いない。
「シド大公はどうご決断するおつもりなのだろうか」
「さぁ…」
不穏な噂はあっという間にリンドブルムの民へと広がり、アレクサンドリアへ不信を抱く者も増えた。軍議の席でシェスカは肘をつきながら部下たちの報告書へ目を通していく。彼女は今、アレクサンドリアが戦争を起こしたとしてもあちらの国で何の得があるのか、そのことが気になっていた。領土問題はすでに協定も結ばれているので、今更掘り起こす必要もなければ、アレクサンドリアの資源が乏しいというわけでもない。
「プリヴィア将軍、君の意見を聞きたいブリ」
「……」
シリアスな空気をぶち壊す、この大公に対して彼女は複雑な心境だった。そもそも、こうなってしまったのは大公が原因な訳で…。他の隊の指揮官も、何とも言えない表情をしている。彼らは大公がこの姿になってしまった本当の理由を知らないので(知らせていないので)別の意味で思い悩んでいるのだろうが。
「オベルダ殿と同意見です、今、我が軍が大きく動き出すのは賢明ではないと…」
「ふむ、他の者はどうブリ」
「……え、あ、はい、我々も同意見です」
「第零部隊にお任せ下さい」
名乗りを上げたのは、第零部隊隊長、コーン・ジルバートだ。
「第零部隊が具体的に動き出すのは何年振りか……しかし、ここは彼らにお任せするしかないでしょうな」
「うむ…頼んだブリ」
「御意」
第零部隊なら、リンドブルムでも一部の軍人もしくは要人しか存在を知らない。時には一般人に扮し、戦いの際は裏から攻め落とすことが役割である暗躍部隊になら、動いたところで周りの国も気が付かないはずだ。今、動かせる兵は彼らしかいないので、必然とこうなってしまうのはシェスカたちも予想をしていた。
「隊から有能な6名を選出し、うち2名はアレクサンドリアへ、他2名はブルメシア、1名をトレノへ、そして重役である1名は調査隊の要として各地に散らばる隊員たちへ情報伝達の為に飛び回ってもらう」
「オークション会場でなら、何か噂を掴めるかもしれんブリ……あそこへ通う貴族たちは何か匂うブリ……」
「御意」
確かに、トレノにはそういった情報が集まってきそうだ。だが、あえてそこを一人に任せるのはあまり大人数だと感づかれる為である。
軍議が終わるとシェスカはその足で南ゲートにて国境調査を行っている部下の元へ行き、何名かを目くらましの為に大工としてアレクサンドリアへ向かわせた。ジルバートはすぐさま有能な6名を選出し、彼らに任務を与える。残りの隊員は以前と同様国境の警備、そして城内の警備にあたらせた。任務によって着替える鎧が変わるので、第零部隊のロッカーには様々な隊の鎧が並べられ、3時間はファッションショーを楽しむことが出来るだろう。彼らは剣士なので基本的に鎧装備が義務付けられているが、それは戦いに出る時に限るものだ。時には民間人に扮して…ということもあるらしいが、今のところそういった血なまぐさい事は無いのでその必要はなかったが、これからどうなるかはわからない。
「いいなぁ、レイル、アレクサンドリアの密偵に配属されたのね……」
「仕方ないだろ、君は王族に顔が知られているんだから」
「…ガーネット様の御顔が、久々に拝見できるかもって思ったんだけどなぁ…」
「まぁおとなしくお城で待ってることだな」
「……二人はいいなぁ、特別な任務が与えられて……」
今回、レイルとデルタには命令が下ったが、名前に特別な命が下ることはなかった。確かに彼らは年齢にしてはかなり有能株だが、二人が持っている命令書を見ていると自分にまるで能力が無いように感じてしまい今までの自信などがボロボロと崩れていくのを感じた。
「わたしなんて、お城で警備よ……」
「シド大公護衛の任に就いたんだろ?すごい事じゃないか!」
「……それは、すごい事だけれども」
シド大公は今ブリ虫なので、色々と危険がつきものだった。一国の主の護衛など、この年では到底任せられることのないはずなのに、任されるという快挙を成し遂げたわけだが……。
「……」
「そういえば、名前はブリ虫が苦手だったな…」
「……大公様には、申し訳ないのだけれども……」
「ま、まぁほら、一応、人間なのだから……」
「そうそう、ほら、もしかしたらこれを機に苦手なものを克服できるかもしれないじゃないか」
「……とても失礼よね、わたしたちの考えていることって」
「……」
「……」
それからしばらく、名前はブリ虫大公の傍で何度も悲鳴を上げそうになるのを我慢する羽目となる。