<ガーネット様の失踪>
この日は朝から兵士たちが、突然のガーネット姫の登場に騒然としていた。どうにか国から逃れてきたガーネット姫を城へ迎え入れると、名前は懐かしい人物を発見する。
「……ガーネット様、お久しぶりです」
「久しぶりですね、名前」
昔は、こんな暗い表情を浮かべていなかったのに。そんなガーネットの横顔を見ていると、改めて今が危機的状況に陥っているのだと感じる。
「もしやプリヴィア将軍の…名前殿では?」
「はい、お久しぶりです、スタイナー殿」
「ご立派に成長されましたな…」
彼の名はアデルバート・スタイナー。アレクサンドリアのプルート隊を率いる隊長だ。彼は若い頃、あのベアトリクスとの一騎打ちで彼女を打ち負かした伝説を持つ男だが、部下の使い方がへたくそなことでも有名である。
「殿下、アレクサンドリアよりガーネット様が参られました」
今現在のシド大公の姿を見て、ガーネット姫はなんと思うやら。オベルダは王座の陰に隠れるシド大公に声をかけた。
「いかがなされました?」
「大公殿下がいらっしゃらないの……王座には」
「ん……ん!?」
流石は剣士、この気配に気が付いたようだ。
「ひさしブリーーッ!」
スタイナーはこのブリ虫がシド大公であることを知らないので、姫に襲い掛かってきたと勘違いし彼を殴ろうとした。だが、勿論護衛官である名前がそれを見逃すはずもなく。
「―――スタイナー殿!」
「な、何を!」
「た、助かったブリ…」
「「!?」」
やはり、一同はブリ虫が言葉を話したことに言葉を失った。
「おい、どうしたんだよダガー、シドと会うのは初めてじゃないんだろ――――――って、ありゃあ…」
「こちらにいらっしゃる方は、シド大公殿下です、諸事情でこの姿ですが…」
「げ、マジかよ…あ、というか久しぶりだな~君!」
「……ジタン、今はそれどころではありません」
相変わらず、マイペースな少年だ。名前は思わず苦笑を漏らす。名前の弁解で一同はなんとかこのブリ虫がシド大公であることを理解したようだ。
「半年ほど前の晩、何者かがこの城に忍び込み殿下の寝こみを襲ったのです」
「―――我々も駆けつけるのが一歩遅く、殿下はこのような姿へ、そしてヒルダ大公妃は連れ去られていたのです」
「なんてこと……」
この説明をするたびに、心が苦しくなるのはなぜだろうか。ひとまず、長旅で疲れたガーネット姫を休ませる為、会議は夜行うこととなった。
「ガーネット様、本当に、お元気そう……ではありませんが、そのお姿が再び拝見でき、わたしどもは安心いたしました」
「おじさまから聞きましたわ、今はおじさまの護衛官の任に就いているとか」
「はい、至らぬ点はまだまだ多いですが…」
「お手紙、返せなくてごめんなさい」
「いえ、そんな……色々と事情がありましたでしょうに」
こうして話をするのは何年振りだろうか。名前はあの頃よりも美しく成長したガーネット姫を見つめ、思わず感嘆の声を漏らす。
「さらにお美しくなられましたね」
「もう、やめてください名前…貴女こそ……そうだわ、プリヴィア将軍はお元気?」
「はい、現在任務に出ているため不在ですが……」
「将軍とも、もう何年もお会いしていないから…」
「ガーネット様の事、とても心配しておりました」
「そう……」
部屋まで案内し、侍女に紅茶を用意させるとそれをおいしそうに飲むガーネット。ここに来て、ようやく緊張の糸がほどけたようだ。
「……名前、わたくしの話、聞いて下さるかしら」
「はい」
そして、ガーネット姫は淡々と今まで起こった出来事を語り始めた。劇場艇プリマビスタで逃げたはいいが、途中魔の森に墜落し危うく石になりかけたこと。そしてジタンの仲間の一人が姫たちを助けるため魔の森と共に石化してしまったことや、ダリの地下には黒魔道士という存在が作られている工場があり、樽にはアレクサンドリアの刻印がされていた事。カーゴシップでここまで来れたが、途中黒のワルツという魔道士に襲われ窮地に至ったことなどガーネット姫の口からは、次から次へと話が続いた。
「色々と、考えすぎて…」
「…ガーネット様」
「ダリの地下にあった彼らは、何のために…一体、お母様は何をなさろうとしているのかしら」
「―――」
ダリの地下での噂は部下たちからすでに聞いていたので今更驚くことではなかったが、具体的に何が作られていたというのは今知った事実だった。
「わたくし……お母様を助けたい」
「……」
「でも、わたくしは……城を飛び出してきてしまった、もしかして、これは悪い事だったのかしら」
「ガーネット様、わたしの口からは何とも言えませんが…ガーネット様が動かれた、ということはきっと何かが大きく動くきっかけとなったでしょう、ですがご安心ください、此方にいる限り我々がお守り致します」
「……ありがとう」
母のことがわからなくなる、それはとてもつらい事だ。ガーネットの話を聞いているうちに、名前は任務へ向かった母、シェスカの事が心配になってきた。何事もなければいいのだが。少し落ち着きを取り戻したガーネット姫をシド大公の元まで案内すると、名前はカーゴシップの様子を見に向かう。仮に誰かが潜んでいたら、大変なことになるからだ。
「名前護衛官殿、此方は特に異常はありませんでした」
「そう……ならいいのだけれども、それにしてもすごいわね…本当に、これに乗っていらっしゃったのね……」
「えぇ、よく動きましたねこんな骨董品…」
兵士の言うことはご尤もだ。こんなに古い飛空艇、レプリカでしか見たことが無い。一応隈なく船内の確認をしたが、本当に誰も忍び込んではいないようだ。ところどころ燃えていたり、切り刻まれた箇所を見ては姫が語っていた戦いがいかに壮絶なものであったのかを思い浮かべられる。
一番ドッグへ向かうと、そこにはシド大公とガーネット姫の姿があった。どうやらここの説明をしているようだ。
「この一番ドッグは飛空艇の研究をするところで、半年ほど前まではここに新型の飛空艇があったブリよ…霧を全く必要としない画期的な動力機関を持っていたブリ」
「まさか、おじさまを襲った人たちがその飛空艇も…?」
「いや、そこなんだが、実は――――」
語られる真実に、ガーネット姫は思わず少しの間言葉を失ってしまった。ふと、名前と視線が合うと名前は小さく、静かに微笑んだ。それで、なんとなく察してくれたようだ。
「で、でも南ゲートが壊れてしまってアレクサンドリアへは…」
「うむ、それなら大丈夫、復旧作業は既に始まったブリ、ゲートが直れば共にアレクサンドリアへ行くブリ」
「ええ、きっとお母様も目を覚ましてくださるはずです」
どこまでも母を信じ、愛している。これから起こるであろう、悲しい出来事も知らず。
「……」
「おじさま?」
「あ、あぁ、劇場艇が落ちたと聞いたときはどうなるかと思ったがバグーの奴、優秀な部下を持っているようブリ」
「ジタン、は彼の部下だったのですね」
「うむ、そういえば何故あの男と知り合いブリか?」
「演劇を見に行ったとき、偶然彼と会ったんです。まさかこのような形で再会するとは思ってもいませんでしたが。それより殿下、そろそろご準備のほうを……」
「わかっている、姫よ、どうかゆっくり心も体も休めなさいブリ」
「はい」
「では名前、街の様子を見に行ってきてくれんか、スタイナー殿がもしかしたら道に迷われているかもしれないブリ」
「御意」
そういえば、スタイナー殿は方向音痴だったっけ。ベアトリクスから昔聞いた小話を思い出し、一人吹き出す。周りに誰もいなくて本当によかった。