<ピクルスに選ばれし男>
シド大公が危惧したとおり、スタイナーは案の定商業区をうろちょろとさまよっていた。
「スタイナー殿」
「おお、これはよいところに名前殿!」
「スタイナー殿はリンドブルムにいらっしゃったのは初めてでしたか?」
「誠に恥ずかしいが……流石はリンドブルム、広くて自身が何処にいるのかもわかりません」
「ふふ、仕方のない事です、わたしの同僚も昔、よく工場区で迷子になっていましたから……あら」
「おや、久しぶりだねぇ名前ちゃん、いつもの二人はいないのかい?」
この路上でピクルスを売り続けて何十年、名物ギザールの野菜で出来たピクルス売りのおばさんとは彼女のことだ。これはリンドブルム珍味だが匂いが強烈な為ここに住んでいる者でも食べられない人がほとんどだ。
「あの二人は今旅行中で」
「へぇ、羨ましいねぇ」
一人はアレクサンドリアに、一人はトレノに潜伏中などと言えるはずもなく。これは機密事項なのでいくら昔からの知人だとしても公言することは許されない。
「それにしても、ものすごいにおいだ…」
「どうですか、おひとつ」
ちゃっかり30本分の代金をおばさんに支払うと、試しに一つスタイナーへ手渡した。
「かたじけない、では早速……ゲホ……ッグ……ゴホホッ……!」
一気に食べたのが原因か突然むせ始めるスタイナーにおばさんは苦笑する。
「あらら、地元の人間だっていっぺんに食べやしない……いや、この子は別だけどね」
この子とは、勿論名前のことだ。
「いや、しかし……これはうまい!!」
「やっぱりスタイナー殿ならわかっていただけると信じていました!」
「こんなに美味しいピクルスを生まれて初めて食べましたぞ!早速姫様へお土産として……!」
ピクルスによって生まれる友情、それをやさしく見守る老婆の姿、そして彼らを包み込むピクルスの強烈な匂い。近くにいた者たちは、この光景を見つめ同じことを考えていた。あいつらの味覚はバカなのか、と。
翌日、毎年恒例の狩猟際の日がやってきた。名前はシド大公の後ろからその様子を見守る。今回はガーネット姫の連れであるビビという少年と、ジタンが参加をしているらしく近くでビビの応援をするスタイナーは我を忘れ全力で叫んでいた。
表向きは何事もなく平素を装っているが、国の裏側では仲間たちが裏を掴もうと必死になって走り続けている。もし、何者かがブラネ王女を誑かしていたとしたら。城に見知らぬ人物が訪れるようになってから王女の様子は変わってしまったのだという。しかしその人物の目的は……。
「殿下、戻られましょう」
「うむ、そうブリな」
今年はフライヤというブルメシア族の女性が優勝をした。褒美のアクセサリーとその証を受け取り狩猟際も平和に終わった、かのように見えたが。が、事態は急変する。瀕死のブルメシア兵が僅かに残った力を振り絞り、ブルメシアの状況を伝えにやってきた。報告を終えると彼は役目を果たし、そのまま息絶えてしまう。彼の家族はどうなったのだろうか、もしかして既に亡くなってしまったのだろうか……。名前は担架から力なくぶら下がる手を握り、男の死を悼んだ。
「殿下、ブルメシアにいた我が兵は一体どうしたのでしょうか」
「……うむ、そこが気になるところブリ……何故、何も連絡をよこさないブリか…」
「……なんだか、嫌な予感が致します」
オベルダはシド大公の隣で一向に報告をよこさない部下2名の名が記された報告書を見つめる。そこには、2日前から連絡が途絶えた、と別の部下から知らせが入っていることが記されている。
「シェスカ将軍を呼ぶブリ」
「御意」
正直、シドは焦っていた。アレクサンドリアがここまで急速に動いてくるとは思っていなかったからだ。ブルメシア兵が言っていた、とんがり帽子の軍隊、ジタンの仲間であるビビという子供によく似た姿らしいが……。
「殿下、参りました」
白金に輝く鎧を纏い、巨大な聖剣を背負うシェスカのその姿はまさに聖剣士で見るものを圧倒させる力を持つ。シェスカは跪き、シド大公の命令を待つ。
「将軍、第零部隊はどうなっているブリ」
「…現在、アレクサンドリアへの部隊を増員致しましたが、途中何名かが行方不明となっており、捜索活動も難航しております」
「うむ…もしかすると、ブラネが感づいたのかもしれないブリ。第一、第三部隊を地竜の門へ、第二、第四部隊は水竜の門へ配備し、上級武官たちをすぐさま招集、整備工たちには急いで船と飛空艇の点検をさせ、いつでも動けるよう指示するブリ」
「御意」
「あとは、兵たちにいつでも出動できるようアイテムなどの補給も忘れずに行うブリ、ブラネが攻めてきた場合、間違いなくレッドローズで現れるブリ……そして問題は、強力な魔法を使うとんがり帽子の兵隊ブリ……」
「我らが誇る、魔道士団に敵う筈がありません」
「……うむ」
シェスカの背負う剣を見送りながら、シド大公は一人自分の力のなさを悔やむ。あの時、軽はずみな行動さえしなければ今頃霧を必要としない飛空艇でアレクサンドリアのブラネを牽制できたのかもしれないのに。ブルメシア王の安否すら取れず、自身はこの城で待つことしかできない。この体では、直接指揮を執ることもできないからだ。
今、ここで重要なことはブルメシア王が生き延びる事。彼がいなくては、誰がブルメシアの民を治めるというのだ。
「オベルダ、難民受け入れの用意は整ったブリか」
「はい、現在仮住まいの着工に取り掛かっております」
王座に腰を下ろし、隣にいるオベルダへ視線を向ける。アレクサンドリアが北ゲートを侵攻した時、シド大公は最悪の状況に備え彼に難民受け入れの用意を進めさせていたのだ。
「うむ、逃げ延びたブルメシアの民はここを訪ねるだろう、その時は温かく迎え入れるブリ」
「御意」
「名前、君に頼みたい任務があるブリ」
「はい、何なりと」
「―――今から、ブルメシア王の元へ向かい、彼を救い出すブリ」
彼は、王としてブルメシア一族を守り抜くつもりでいるのだろう。しかし、相手はあのアレクサンドリア。かつて起きた戦争でもアレクサンドリアの軍事力はリンドブルムに並ぶもので、苦戦を強いられた。
アレクサンドリア国王が生きていれば、こんなことにはならなかったのかもしれない。しかし、起きてしまった以上、一国の主として何とかしなくてはならないのだ。
「我が命にかけて、ブルメシア国王様を安全にお連れいたします」
「……まだ若い君には重たい任務だが、よろしく頼んだ」
「お任せ下さい!」
「隊はこれ以上動かすことが出来ない、その為名前一人の単独任務となるが……大丈夫ブリか」
「将軍に鍛え上げられたこの腕を、振るうときが来たのです、わたしは誉れ高き任を頂き、とても幸せです」
「……頼んだブリよ」
「御意」
ついに、この日がやってきた。漆黒の鎧に腕を通すとずっしりとその重みがのしかかる。与えられたこの任務は、とても重要なものだ。ブルメシア王が生きていれば、生き残った国民も立ち上がれるだろうから。その希望を守るため、名前は戦地へ向かう。エーテルやポーションなどといった回復アイテムをたんまりとアイテム袋へしまうと、父の遺品である漆黒の剣を手に取る。
「……お父様、わたし、生き延びて見せます」
だから、天国でどうか見守っていてください。剣を額に当て祈る。
ブルメシアまでは地竜の門を出て近くにあるギザマルークの洞窟を抜ける必要がある。ギザマルークはブルメシア一族にとって神聖なる生き物で、風貌は恐ろしいがとても穏やかな性格をしているので特に問題はない。ギザマルークの洞窟に、アレクサンドリア兵がいなければの話だが。
「……デルタたち、大丈夫かしら」
あれから一向にデルタからの報告が上がらないので、彼らが心配でならない名前。レイルはトレノにて有力な情報を掴んだ為、貴族の召使いに扮して密偵を行っているそうだ。
「…きっと、生きている、そうよね」
生きている、そう信じて。