<襲来>
道中襲い掛かる魔物を倒しながら洞窟までたどり着くと、そこには最悪の光景が広がっていた。入口で横たわるブルメシア兵には既に息はなく、洞窟の入り口は壊されその奥から死臭が漂う。名前にとって生まれて初めての戦地、そして責任の重たさに足が竦むのを感じた。
「前へ、進まなければ」
どうか、お父様、わたしをお守りください。剣に祈り、名前は洞窟を進む。
「キル!」
「キル!」
調査で出てきたとんがり帽子の兵士が襲い掛かる。確かにこれは強い。名前はこまめに回復をしながら器用に魔法をはねのけ、暗黒の剣を振り下ろす。何とか倒せたが、洞窟の入り口があけっぱなんしの為次から次へと強力な魔物がやってくる。巨大なラミアという魔物を倒すだけでかなりの時間がかかってしまった。時折攻撃力を上げ、回復魔法を使ってくるのでとても厄介な魔物なのだ。
「……人形のようね」
力を使い果たし、倒れたとんがり帽子の兵士を見つめながら名前は彼の死を悼む。敵なのに、なぜか彼らが可哀相に見えたからだ。話しかけても何も反応せず、ただ相手を殺そうと襲い掛かるだけの存在。彼らは、人形の兵士なのだろうか。意思もない殺戮兵器。彼らは生まれてきて、幸せだったのだろうか。
「ブラネ女王は、便利な殺戮兵器を作っていたのね…」
意思を持たない兵器は便利だ。人であれば躊躇するところを彼らにはそれを感じる事すらないのでその身がどうなろうとも恐れず、戦う。
「早く、陛下をお助けしなくては……」
とんがり帽子の兵士たちはとても強かった。ギザマルークの洞窟を何とか抜けることが出来たが、抜けてもそこらへんにはとんがり帽子の兵士がうじゃうじゃいてきりがない。
「―――はぁ…はぁ……」
暗黒剣の乱用はとても危険だ。確かに広範囲に及んだ通常よりも強力な攻撃を与えることが出来るが、立て続けに使うといつの間にかに体力がなくなり、死ぬ恐れがあるからだ。ここにはフェニックスの尾を使ってくれる仲間は誰一人としていない。例え足が痛もうとも、前へ進まなくては。ここで死んでしまったら、ブルメシアの民の希望である王を守ることもできない。
土砂降りの雨の中、漂う血の匂いに吐き気を覚える。傷口は定期的に魔法で塞いでいるので貧血までは起こさなかったが、あまりの死臭に立眩みそうになる。
「……だ…だず…げ…」
「―――ごめんね、駆けつけるのが遅れて」
「……お…が…あ……ざん……」
広間で横たわる少年の手をそっと握る。それから彼はすぐに息を引き取ったが、近くに倒れている女性が彼の母なのだ、と悟った。おそろいのペンダントをつけていて、そこには彼の父親らしき男性の写真が入っており、この恰好からしておそらく兵士、彼もこの戦いで命を落としてしまったのだろうか。
これが、戦争なんだ。泣き言は許されない。何のために兵士になったんだ、国を守る為じゃないのか。名前は震える手のひらをぎゅっと握り、覚悟を決める。
「まだ息のある者がいるぞ!」
市街地へ向かうと、アレクサンドリアの兵士たちに囲まれてしまった。既に撤退作業に入っていた為か人数は少ないが、それでも疲弊しているこの体では少々きついものがある。暗黒騎士の鎧は重く、物理攻撃への耐性が強い分素早く動くことが出来ない。暗黒剣を使いとんがり帽子の兵士、そして女兵士を倒していく。相手を切り付ければ切り付けるほど力の漲ってくるこの剣のお蔭で何とか窮地を脱したが、父の残した剣がこんなに恐ろしい力を持っていたとは。ブラッドソード、流石は悪名高き名剣だ。
人を切る感覚は魔物を切る感覚によく似ていたが、それを恐れない事に対して、自分は軍人なのだと改めて感じた。幼い頃より軍人を育成するアカデミーに入り、それらを学んできた名前にとって敵を切ることは恐れるに足らない事。過去に、任務で霧の大陸全土で指名手配中だった殺人鬼集団を追ったことがあったが、今の気分はそれによく似ている。
人を切ることで、名前は必ず心に決めていることがある。奪った命の一つ一つを、忘れないようにすること。それを気にしないようになってしまったら、自分はただの人殺しでしかない、と思うからだ。それは、亡き父の教訓でもある。
「―――キル」
ぞろぞろと湧いて出てくるとんがり帽子の軍隊、倒しても倒しても次から次へとあらわれる。逃げ惑う市民たちをかばいながら戦うのはとても辛く、何よりも辛いのが幼い子供が自分を恐れるような目で見てくることだ。ボロボロになりながらも、地を這ってでも何とか宮殿へ到着した。宮殿の前には多くの兵士がいて、その中にはあのベアトリクスもいた。ベアトリクスと戦って勝てるほどの力も、度胸もない。仲間が何人かいれば、抑えることはできるだろうが今は単独任務。そして任務の内容はベアトリクスを倒すことではない。
「……名前……か」
アレクサンドリア兵から隠れつつ王宮の内部へ進むと、がれきの下から誰かの声が聞こえてきた。
「……ノア先輩…!」
「―――そうか…お前が来たなら…安心だ…」
そこには、幼い頃より世話になっているノア・オリヴィアが倒れていた。瓦礫は重たく、動かせそうにもない。それに、彼の様子からして助けるにはもう遅すぎる。下半身は押しつぶされ、原型は残されていない。名前はそっと彼に近づき、跪く。
「……先輩、王は―――」
「この…先にある……食糧庫に隠れている……ブルメシアの兵たちが護衛しているが……もう、そんなに生き残っていない……戦える者は……ほとんど……」
「……来るのが、遅くなって…すみません」
「いいんだ……お前のお蔭で……任務を達成することが出来た……俺の死は……無駄死にでは……なくなる……ありがとよ」
「―――先輩」
「子供の頃から……お前を見てきたが……立派になったな……若い頃の、将軍……そっくりだ……」
崩れ落ちる手を、ぎゅっと握る。彼の死を無駄にしてはいけない、ならばわたしのやることは―――。ヘルムの中で名前は一人涙をこぼす。ノアの相棒であったダレンも見つけることが出来たが、その時既に彼は息を引き取っていた。体のあちこちが焼け焦げ、肉の焼ける匂いが鼻を衝く。その表情は苦しみに歪んでいて、死ぬ直前彼がどれだけ苦しんでいたのか考えるだけで胸が痛む。
「…あとは任せてください、ダレン先輩」
自分がもう少し早くたどり着いていれば、自身もこうなっていたのかもしれない。今はブルメシア兵の殆どが戦意を失っている状態なので、アレクサンドリアからの攻撃も緩み始めている。
「―――友の手を、差し伸べに参りました」
「―――その言葉は……シドの使いか…!」
「はい、わたくしはリンドブルム国魔道士団、シド大公殿下護衛官、名前・プリヴィアです。この度はシド大公殿下の命の元、貴方様の元へ馳せ参じました」
非常事態になった時の為の、ブルメシアとリンドブルムの国王間で結んだ約束の言葉だ。名前は食糧庫に隠れるブルメシア王に跪き、シド大公からの便りを渡す。彼を守っていた兵士たちはリンドブルムからの援軍に表情を明るくさせた。
「……シドには、いつも世話になりっぱなしだな…しかし…わしは、ここを動かぬ、ここを離れるわけには」
シド大公が危惧した通り、彼はここで死ぬつもりだったようだ。
「陛下、ブルメシアの民の希望である貴方様を失うわけにはいきません」
「……民たちを、助けられず、おめおめ逃げろと申すのか……!」
「貴方様を失えば、ブルメシアの民としての誇りを失います。貴方様が生きていればブルメシアの民は再び立ち上がる事が出来ましょう、貴方様はブルメシアの民の誇りであり、希望なのです。わたくしは、その希望を守るため、参りました」
この戦争が終わったとしても、王家が生きていなければ民たちの恨みは抑えきれず、いずれそれは憎しみへ至り、戦争の火種となる。シド大公はそれを恐れ、戦地であるブルメシアへ名前を遣わしたのだ。
「―――陛下、ともに参りましょう、リンドブルムでは既に難民の受け入れ準備を整えております」
「……クレイラへ向う」
「……クレイラへ、で、ですが―――」
「あそこには、我らと同じ一族が住んでおる……生き残った兵士や民も、そこに逃げ込んでおるだろう……彼らに、リンドブルムへ逃げるよう伝えなくては」
「……護衛は、お任せ下さい」
「―――すまん」
ブルメシアに降り注ぐ雨は、死んでいった者たちの涙だろうか。宮殿を離れても、兵士たちは何度もブルメシアを振り返り、無念の表情を浮かべていた。