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生きる/10

<クレイラ>

 ここまでの記憶は、正直曖昧だ。何しろ未だかつて無いほどに体力を消費したので、名前は無心でここまでの血路を切り開いた。彼を守っていた兵士の何名かは魔物との戦いで亡くなり、遺体も運ぶことが出来ないままここまでたどり着いた。あの中で、誰一人として死んだ仲間を担いで行けるほど体力が残っていなかったからだ。

 白いベッドの上で目覚めると、そこにはブルメシア王が立っていた。

「……プリヴィア殿が、少女だとは―――小さき体で、我らをここまで導いてくれた恩、後世にも残そう」

「いえ……わたくしは、当然の事をしたまでです、ですが、陛下がご無事で……民もさぞ安心していることでしょう」

「……また、立ち上がれるだろうか」

「貴方様ならば」

「―――心強い言葉だ、持つべきものは、友だな」

 一時は生きることをあきらめたブルメシア王だが、名前の言葉でようやく生きる決心をしてくれたようだ。ほかのベッドには無事ここにたどり着けた重症の兵士たちが横たわっており、ブルメシア王はその手が血で汚れようとも彼らの世話を続ける。彼もここまでの旅で疲れているはずなのに。

「プリヴィア殿、どうか体を休めてくださいませ」

「……シド大公殿下に、お会いするまでは安心できません……」

 ベッドから立ち上がり、鎧を身に着ける名前の姿を見てブルメシア王の護衛官は慌てたように近寄ってくる。

「気を抜いていられません―――兵たちの中に、ベアトリクスがいました」

「……よく、ご無事で」

「いえ、わたしも見つかれば命はなかったでしょう、陛下を守る一心でここまでやってまいりましたから……しかし、いずれ戦うこととなるのでしょうね」

「我々は、貴女が守って下さった希望を、忘れません」

「……ならば、どうか生き延びてください、わたしはそのためにやってまいりました」

「ありがとう―――」

 先輩がつぶやいた言葉と重なり、目頭が熱くなるのを感じた。しかしここで泣くわけにはいかない。

「すみません、少し、風にあたってきます」

「……夜は冷えますので、どうかお気をつけて」

「はい、ありがとうございます」

 失ったものは、戻らない。だから前を見て生きなさい。軍人になった日、母が教えてくれた言葉だ。前を見て、生きよう。そう思っていても、夜になると思い出すのはいなくなってしまった人たちの事。

「―――プリヴィア殿、まだお眠りになっていなかったのですね」

「…はい、もうすぐで休みます」

「では…」

 ヘルムをかぶっていてよかった。これをかぶっていなかったら、今頃泣き顔を見られていただろうから。

 あまりにも疲れていたのか、丸一日を寝て過ごしてしまったようだ。名前は鈍った体をストレッチさせる為に部屋を後にする。すると、そこには意外な人物の姿があった。

「よう、ここにいたんだな」

「…えーっと、ジタン、どうして君がここにいるのかな」

「フライヤの国へ行ったんだ、そしたら、ブルメシア王がここに逃げてるって聞いてね」

「そう……陛下は、今どちらへ」

「確か、ここの一番上にいた気がするぜ」

「そっか、ありがとう」

 彼とこうしてじっくり話をするのは何年振りだろうか。あの日、芝居を見に行っていなければ彼とは出会わなかっただろう。

「大変だったな」

「……うん」

「心配していたぜ、お前の母さん」

「あ……お母様が?」

「ああ、お前に会ったら渡してほしいって言われたものがあるんだ」

 すると、ジタンはポケットから一つの指輪を取り出した。

「つけてやるよ」

「…これは」

 確か、転生の指輪だ。母がいつも肌身離さず持っていた指輪で……父からの贈り物だと聞いている。そんなものを、何故わたしに。

「女の子の指に指輪をはめるなんて……まるでプロポーズみたいだな」

「そう…お母様が……お母様のぬくもりを、感じる―――」

「―――成程、俺には全然興味なし、と…」

 この時、ジタンのつぶやきなど名前の耳には一切入ってこなかった。

 ここに来て、ずっと嫌な胸騒ぎが続くのはなぜだろうか。昼過ぎ、名前は昼食を食べ終え剣を磨いていると、慌てた様子のジタンがやってきた。

「おい、手を貸してくれねぇか!?」

「…どうしたの、一体」

「アントリオンが暴れてるんだ!」

「アントリオン!?縄張りに入らなければ大人しいはずなのに…」

「ともかく来てくれ、俺たちだけじゃ倒せそうにない!」

「わかった」

 突如暴れだしたアントリオンはパック王子を襲ったという。パック王子はブルメシア王の一人息子で最近まで国を出て旅をしていたそうだ。なんとかアントリオンを鎮めさせると、鎧の隙間に挟まった砂をはらい落とす。

「おぬし、やるのう」

「こう見えても魔道士団の1人だからね」

 彼女はブルメシアの竜騎士で、名はフライヤ、今年の狩猟祭で見事優勝を果たした人物でもある。

「君は……確か、ビビ、だったっけ?」

「…う、うん、全身鎧だったから、女の人だなんてびっくりしちゃった……お姉ちゃんは?」

「わたしは名前、よろしく」

 彼はジタンたちの仲間だが、とんがり帽子の兵隊たちに姿がよく似ているような気がする。彼らとビビは、どういう繋がりがあるのだろうか。だが、今はそれどころではない。ここにいる民にも既に逃げるよう伝えてあるので、あとは残り僅かな兵と国王、そしてクレイラの民を連れて逃げるだけだ。しかし、クレイラの民はここの砂嵐をよほど頼りにしているのか、全く逃げる様子が無い。幹から侵入されてしまえば、袋の鼠だというのに。

 宮殿で砂嵐の力を強めるための儀式が行われたが、途中弦が切れてしまった。曲を奏でていた巫女は切れた弦を恐ろしそうな表情で見つめ、不吉だ、と小さな声でつぶやく。これから一体、どうなってしまうというのだろうか。

「―――!?」

「す、砂嵐が消えちまった!?」

 弦が切れてしばらく、突如あたりが明るくなり砂嵐が晴れてしまったことに気が付いた。本来砂嵐を強くするための儀式のはずなのに、何故こうなってしまったのか。終わり間際に弦が切れてしまったことが原因か、それとも……。

「このようなことは、我々がクレイラへ移り住んでから無かったことです、古来より我々は魔力を持った石をハープに取り付けて…そして、その魔力を持った石の力で砂嵐を制御していたのですが……」

「何者かが、この決壊を破ろうとしているのかもしれぬな」

「わたくしも、そうではないかと恐れていたところです」

 クレイラの大司祭とブルメシア王の会話を横で聞きながら、名前は不気味なほどに晴れ渡った空を見つめる。

「敵が、幹から上がってこなければ良いのだが……」

「……」

 できる事なら、今すぐにでも逃げるべきだ。しかし、もし敵が近くまでやってきていたら?名前はこれからどうするべきか、頭の中で必死に考えていた。ジタンたちは何故砂嵐が消えてしまったのか、原因を解明するため幹を下った。一応、名前はすぐにでも動けるようアイテム補充を済ませ、ヘルムをかぶる。

 ブルメシア王の危惧した通り、敵は幹を伝い町までやってきた。あのとんがり帽子の兵隊たち、そしてベアトリクスの部下たちもやってきたそうだ。ブラッドソードを握る手に汗がにじむ。今、ブルメシア王の傍を離れるわけにはいかなかったので、ブルメシア兵たちに外を任せ名前は来るであろう敵からブルメシア王を守るため彼に保護の魔法を何重にもかけた。

「陛下、隙を見てここを出ましょう」

「…うむ、致し方が無い…」

 暫くすると、宮殿に竜騎士の男が現れた。しかし彼は記憶を失っているようで事情は分からないがフライヤがそれに対して酷く落ち込んでいる様子だ。

「おい、ちょっと待てよ、知らないってことはないだろ、お前の恋人、フライヤだろ!もう一度よく考えて思い出してみろよ!」

「―――」

「もうよい、ジタン」

「何がいいんだよ!あれだけ追い求めていたお前の恋人がいまここにいるんだぞ!」

 彼は、フラットレイはフライヤの恋人だったのか。恋人に忘れられるとは、なんと悲しい事だろうか。彼はフライヤの事だけではなく、ブルメシア王、そして自分自身の事もわからなかったそうだ。旅の途中倒れていたところをパック王子に救われ、なんとか名前だけは取り戻したが……。彼は無意識のうちに、うっすらと残っていた竜騎士としての記憶を頼りにここまで来たのかもしれない。

「そう…私は竜騎士だった……だが、それ以外の事は思い出せぬ―――」

 そう言い残し、彼は去って行った。ジタンたちは彼のお蔭で窮地を脱することが出来たそうだ。フライヤは彼が生きていることが分かった、それだけで幸せだという。彼女は、彼の事を心から愛しているのだろう。

「―――えっと、おれはちょっとフラットレイを探しにいってくるよ!じゃあな!」

「これ、またぬかパック!久しぶりに会ったと申すに……」

 現れたかと思えばいつの間にかに王子はいなくなっていた。なんとあわただしい王子だろうか。

「世界を見て回られていらっしゃるのですね」

「あぁ、あれは立派な国王になるだろう……」

 王と会話をしているとき、彼女が涙を流しているのを名前は見逃さなかった。

「あれ、もしかして、泣いてるの、フライヤ?」

「フフフフ……おもいはゆいのう……幾度となく夢に見た男にやっと出会えたというのに……その男は私の事などこれっぽっちも覚えておらんかったのじゃ―――さぁジタン、まだ敵の手が休まった訳ではなかろう!今一度体制を立て直すのじゃ!」

 悲しい再会を果たし落ち込んでいたフライヤだが、竜騎士としての思いが彼女を奮い立たせたのだろう。力強く立ち上がる彼女を見ていると、勇気が湧いてくるのを感じた。そうだ、わたしも頑張らなくては、と。

「―――ベアトリクス!」

 やはり、彼女はやってきた。名前はブルメシア王を守るようにして剣を構え、石を手にするベアトリクスをにらみつける。

「っふ、なさけないネズミどもよ!おまえたちにはこの宝珠を持っておく資格はありません!」

「そ、その宝珠は!」

「この宝珠さえ手に入れればもうこの町などに用はない!」

 彼らの目的は、この宝珠だったのか。あれを手に入れるために、何故ブルメシアを落としたのか――――あの宝珠を、何故彼らは手に入れようとしたのだろうか。突然の出来事に名前は反応が遅れてしまった。我に返るとそこには彼らがおらず、どうやらジタンたちは外へ逃げるベアトリクスを追っていったようだ。

「何故奴らはあの宝珠を―――」

「陛下、逃げましょう、ベアトリクスがここにはもう用が無いと言っていたのを聞きましたが、嫌な予感が致します」

「……何を始めようというのだ、ブラネは…」

 それから一時間もしないうちに、クレイラは跡形もなく消え去ってしまった。そこにいた、多くの命も。

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