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生きる/11

<姫の危機>

 全身が石化された時のように全く動かない。覚えているのは、突然空が真っ暗になり、次の瞬間目の前が真っ白になった事。冷たい波と傷口に染みる海水。それから、全身血だらけのブルメシア王の姿。隣にいたはずの大司祭は来ていた衣服の一部を残し、ただの肉片と化していた。

「――――――」

 どうして、こんなことに。あんな力が、この世にあったというのか。あれは間違いなくブラネの仕業。あんなものでリンドブルムが襲われでもしたら―――。早くこのことを、殿下へお伝えしなくては。母がくれたこの指輪のお蔭で何とか生き延びる事が出来たようだ。あの時、ブルメシア王に保護の魔法を何重にもかけておいて正解だった。もしかけていなかったら…と、想像するだけで恐ろしい。そんなことになっては、仲間たちの死は無駄になってしまうだろう。横たわるブルメシア王に回復魔法をかけ続ける事1時間、ようやく彼は意識を取り戻した。

「……うっ」

「……ご無事ですか、」

 跡形もなく消えたそこを見つめ、ブルメシア王は言葉を失った。あそこには彼が守っていた民がいて、一族がいた。それを目の前で無残にもかき消されてしまったのだから。

「……ブラネ……―――ッ」

「……参りましょう、リンドブルムへ」

「―――わしは…誰も、守れなかったのか……」

「いいえ、貴方様のお声のお蔭であそこに逃げていた民の殆どは、リンドブルムへ向かったはずです……ですから、どうか自分を卑下なさらないでください」

「……案内を、頼んだぞ」

「……この命にかけて、お守り致します」

 リンドブルムへ戻るまで、名前はずっと考えていた。クレイラを滅ぼした、あの力の事を。そして、他の仲間たちの無事を。

 それから二日後、事態は最悪の状況へと進んでいく。リンドブルムはあの恐ろしい力によって壊滅状態、シド大公は民たちを守るためアレクサンドリアに無条件降伏をした。各部隊は黒魔道士の軍団により重傷を負い、中には肉体すら見つからない者もいる。

「―――プリヴィア将軍の様態が急変致しました」

「なに…!」

 名前が不在中、シェスカは門に押し寄せてくる黒魔道士たちを倒すので精いっぱいだった。熟練した魔道士団の隊員たちが次々に倒れていく中、シェスカはたとえ一人になろうとも門を死守した。しかし、結果的に反対側の門から突入された上に、上空からの攻撃。医療班に発見された当初、彼女は息も絶え絶えだったという。

「病室へ向かうブリ!」

「なりません大公殿下!」

「何故ブリ!」

「病室には魔法攻撃を受けて状態異常を起こしている者もおります、殿下の身に何かあったらどうなさるおつもりですか!」

「しかしブリ…!」

「報告致します!名前・プリヴィア殿が帰還致しました!」

「―――何、無事だったかブリ!」

 名前は、何とか任務を達成することができたが、二人の魔力も体力も殆ど残っておらず、ブルメシア王も長旅の疲れで言葉すら発する事が出来ない状況だった。ここにたどり着けたことが奇跡のように感じられるほどだ。

「―――あの戦況の中、王を無事お連れしたとは……」

「オベルダ、名前が目覚め次第わしの元へ」

「はい」

「―――あの親子が、再び元気な姿を取り戻せばこれほどうれしい事はないブリ…」

「……最善を尽くすよう、医療班へ伝えてあります」

「うむ……」

「ところで、ガーネット様たちは無事外側の大陸へたどり着けたでしょうか」

「奴らがついておるので、大丈夫ブリよ」

 それから1週間後、名前はようやく目覚めた。シェスカはなんとか意識を取り戻したものの、全身に大やけどを負いそれの治療が終わらない為無菌室から出る事すらできずにいる。ブルメシア王はあの戦争のお蔭で精神を病んでしまい、国賓室の扉はいまだに固く閉ざされているまま。

「―――これは一体……わたしが寝ていた間に、こんなことになっていたなんて……」

 名前が眠っていた間、ジタンたちは外側の大陸に向かいブラネの元から逃げてきた黒魔道士たちの集落を発見したそうだ。そして、今回の戦争の黒幕であろうクジャが、クレイラを滅ぼしたあの力、召喚獣を使いブラネを殺した。クジャは、ガイアに戦争を齎すためブラネを誑かし、多くの命を奪った張本人。戦争がブラネの意思だったとしても、彼の罪は許されるものではない。

「……しかし、もう国同士が争うことはないブリ、原因はクジャだったのだからブリ」

「―――クジャの事は、少し前から掴んでおりましたが、奴は神出鬼没、我々の部下でも取り押さえることが出来ませんでした」

 そう報告するのは今回の戦争で生き延びた第零部隊の女副隊長、ダフネ・エリザベートだ。隊長であるジルバートが現在療養中の為、彼女が隊を指揮している。美しい金髪をかきあげると、彼女は小さくため息を吐いた。

「エリザベート、ところでアレクサンドリアに潜伏していた部下たちはどうしたブリか」

「はい、現在生き残った者たちには撤収命令を下しておりますが、牢に閉じ込められていたほかの部下たちのケガの手当てをしなければならない関係で此方への到着は少し遅れそうです」

「うむ……クジャめ、ブルメシアとクレイラの民を殺しただけでは飽き足らず、リンドブルムの兵たち、そしてアレクサンドリアの兵士たちとブラネをも殺すとは……なんと非道なる男ブリ」

「大公殿下…」

「わかっておるブリ、姫の身が危険ブリよ……アレクサンドリアで密偵を行っていた部下で、生き残りは何人ブリか」

「デルタ・ウェルクス、キラ・ユースウェル、イーノス・リー、キャルヴィン・エインズワース、トバイアス・ラッカムの5名です。他6名は殉死―――魔道士団の半数が命を落としました」

「……無念ブリ」

 エリザベートの話によると、デルタとイーノスは第一軍としてアレクサンドリアへ密偵活動を行っていたが、任務は難攻していたらしい。クジャは誰よりも早くそれに気づき、彼らを連行し拷問を繰り返しこの国とのつながりを吐かせようとした。デルタたちは死刑を待つばかりだったが、偶然その日、彼がアレクサンドリアを離れたので死刑は免れたそうだ。彼の拷問は凄まじいものだったらしく、イーノスは両足を失うこととなってしまったが。

 自分のいない間に、色々とあったようだ。このまま話を聞いていても状況を理解することが出来ない。そう思い、名前は控えめな声を上げる。

「……あの、近況を教えていただけませんか、わたし…長い間ここを空けていたので」

「私から話しましょう」

 ブラネが何故ブルメシアを攻め、クレイラを攻めたのか。それは大体検討が付いていた。あの日、ベアトリクスがクレイラの宝珠を手に入れた時用事は済んだ、と言っていたのをよく覚えている。もしかすると、あの宝珠こそが召喚獣の力を引き出すアイテムで、その召喚獣はガーネット姫の中に眠っていた。召喚獣は大昔に失われた力だそうだが、どういうわけだかガーネット姫はその力を秘めていた。理由はどうであれ、それを見つけ出したクジャという男は本当に恐ろしい人物だ。そして、クジャはブラネを唆しその力を使わせた。母親のする事とは到底思えない。

「あの方は、実の娘であるガーネット姫から力を抜き出し、用済みである姫を処刑しようとしていた」

 そこで、アレクサンドリアのベアトリクス、スタイナー、フライヤたちが立ち向かい姫を救った。その直後、ブラネはレッドローズと抜き出した召喚獣、そして黒魔道士の軍団を用いてリンドブルムを攻撃した。アレクサンドリアがリンドブルムへ攻めてきた際、降伏の条件としてリンドブルム国宝である天竜の爪を接収されてしまった事からして、ブラネの目的は宝珠だったのだろう。たかだが宝珠の為に国を攻め落とされるなんて。しかし、彼女の死によってそれは幕を閉じる。クジャは何故、戦争を起こさせたのか、クジャという男は一体何者なのだろうか。憎むべき男の名を、名前はその胸に刻み込んだ。

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