<墓参り>
随分と、墓標が増えた。名前は父の墓参りの途中、新しい花束が手向けられた墓標を見つめ悲しげな表情を浮かべる。あの戦争で多くを失い、絶望さえ感じた。今、ジタンたちが追いつめているクジャという男を何とかできたら、この世界は真の平和を取り戻すのだろうか。もう、誰にもこの平和は壊されない、そんな世界になれるだろうか。父の墓前で跪き、名前は祈る。どうか、この世界がいつまでも平和でありますように、と。父の大好きなこの世界を、守れますように、と。
「―――大公殿下とヒルダ大公妃が戻られたぞ!」
「え、それは本当なのデルタ…!?」
「あぁ間違いない、この目で見たからな!」
「―――ヒルダ様、ご無事だったのね……!」
ジタン達がここを離れて1週間後、彼らはクジャによって幽閉されていたヒルダ妃を助け出した。ヒルダガルデ1号はクジャによって奪われてしまったようだが、ヒルダ妃が無事ならばそれでよい。名前は身分も忘れ、帰還したヒルダ妃に抱き付く。
「ヒルダ様……よく、ご無事で……心配しておりました……!」
「心配をかけてしまい、申し訳なく思うわ……でも、もう大丈夫、それに今回、無駄に捕まっていたわけではないから」
「と、申しますと……」
「クジャの事を、これから説明いたします、貴女も会議に参加してくださるわね」
「はい、勿論です……!あ、し、失礼を―――ッ!」
この時、ようやく自身がヒルダ妃に抱き付いていることに気づき、慌ててその場で跪くとヒルダ妃の苦笑する声が聞こえてきた。
「いいのですよ名前、貴女の事は実の娘のようにも思っているのですから……それに、貴女は我が国の英雄なのよ、もっと胸を張りなさい」
「……え、英雄……」
「ブルメシア王を救ったことは、とても偉大なることです、感謝しています」
「い、いえそんな……わたしは…」
英雄、という言葉に口をあんぐりとさせていると部屋の奥から久しぶりに見る男の姿が見えた。
「うむ、名前は我が国の英雄ケロ―――ゴホン」
「……殿下、そのお姿は……」
「う、うむ……無事、戻ったブリ!」
「「―――……」」
当分、あの語尾は抜けそうにないだろう。しかし、これでリンドブルムも平和を取り戻し、無事ヒルダガルデ3号に着手できそうだ。翌朝、名前は会議室で驚くべき真実を耳にした。
「―――クジャが、異世界の者?」
「えぇ、彼がそう言っていたので間違いないでしょう、とても冗談には聞こえませんでしたから」
「……テラ、とガイア…」
「自分はこの世界とは別の世界の人間で、この世界を利用して強大な力を手にしようと……その手段の一つとして、ヒルダガルデ1号を奪ったそうです、とりあえずわたしを攫う目的ではなかったようです、自分に酔った話しぶりからは、かなりのナルシストだと感じましたが……」
直接、クジャをこの目で見たことが無かったのでどんな男かはわからないが、フライヤから変な格好をした気色の悪い男、と聞いているのでなんとなくそんな感じなのだろう。なんでも、露出度が高くあらゆる意味でギワギワな格好をしているのだとか。できる事なら、お目にかかりたくはない。
「もしかして、召喚獣の力をガーネット様から引き抜いたのもそのため……?」
「恐らくは―――。あの男を止めない限り、さらなる戦乱がこの世界を襲うでしょう」
クジャの世界であるテラへは、輝く島から行く方法しかないという。しかし、そのままではテラへはたどり着けない。ふたつの世界をつないでいる場所は封印されており、封印を解くカギとなる場所があるという。忘れ去られた大陸の北にある古城、らしいのだが、霧の大陸ではない為現在の飛空艇ではたどり着くことが出来ない。シド大公はすぐさま霧を必要としない飛空艇の着手に取り掛かっているので、数日もあれば飛空艇は完成するだろう。飛空艇が完成するまでに時間があるので、ジタン達は戦いの準備に取り掛かった。
彼らの向かう、イプセンの古城はいまだに未開の世界である忘れ去られた大陸に存在する。未開の地なので、どんな魔物が住み着いているのかもわからない。念入りに準備をしなくては、とフライヤたちは張り切っている。今回名前は城を離れる事が出来ないので、また彼らを見送る形となってしまうが、戦いへ向かう彼らの為に名前は武器を調達することにした。リンドブルムの合成屋は腕が立つことで有名なのだ。
「名前、話があります」
「はい、只今伺います」
ヒルダ妃に呼び出され、名前は一人彼女の部屋までやってきた。ヒルダ妃の部屋は彼女がいなくなった時と変わらず床がきれいに磨き上げられ、机には埃ひとつない。ソファに座るヒルダ妃の元に跪くと、ゆっくりと顔を上げる。
「……わたくしが、子供を産めぬ体であることは知っていますね」
「……はい」
彼女は若くして子供の産めぬ体になってしまった。跡継ぎを残さなければならないというのに。そのことでずっと悩んでいたのを、名前たち親子は良く知っている。だから、彼女がどんな気持ちでこの話をしているのか、なんとなく察したのだ。
「シェスカにはもう話しましたが……あの子を、エーコという少女を養子として迎え入れようと思います」
「……あの、少女を?」
「はい、あの子は…ガーネット姫と同じく、召喚士一族、そして、彼女の親は既にこの世にはおりません」
「……そう、でしたか」
「わたくしたちが恐れているのは、幼い彼女の力が、悪用される事です……」
「―――」
確かに、召喚獣の力は恐ろしいものだ。あれのお蔭でリンドブルム、そしてクレイラ、アレクサンドリアは滅びかけたのだから。クジャのような男がこの世界に一人だけとは限らない。他にも、恐ろしい事を考えている輩がいるかもしれないこの世界で、幼い彼女を野放しにしておくのはあまりにも危険だと考えたからだ。現に一度、彼女はクジャの手によって攫われている。
「ですから、わたくし達は彼女の親となり、彼女が平和に暮らせるようにしたいのです」
エーコやガーネット姫が平和に暮らせる、ということは霧の大陸の人々も平和に暮らせるということ。アレクサンドリアのガーネット姫にはスタイナーやベアトリクスが付いている。しかし、エーコは親族もいない孤独な身。まだ両親の愛情が欲しい年頃なのに。例えジタンたちが付いていようとも、彼らにだってできることは限界がある。
「……ですが、彼女はなんと答えるでしょうか」
「わかりません、ですが…わたくしは、こんな体になってしまいましたが……諦めかけておりましたが、やはり、子がほしいのです……血の繋がりなど、関係ありません」
「ヒルダ様……」
「あの子の笑顔を見て思ったのです、わたくしの母が、わたくしを想ってくださったあの気持ちを」
「……この件は、」
「えぇ、まだ内密にお願いします、時が来たら、わたくしから話を致します」
ヒルダ妃との話が終わった後、名前は展望台で一人空を眺めていた。彼女を養子としてファブール家に迎える、という意味は、つまり霧の3ヵ国に力の均衡を齎す意味がある。
ブルメシアには竜騎士、そして神聖なる竜を従える力がある。大昔の戦争でブルメシアのネズミ族たちはその力を振い、アレクサンドリアと対抗した。あの国の竜騎士にしか使えない技は多く存在し、彼らの身体能力は人間以上だ。今回はクジャがもたらした黒魔道士兵に敵わなかったが、不意打ちさえされなければあの国が負けることはなかった。そしてアレクサンドリアにはベアトリクスなどといった強い騎士達、そして姫の召喚士としての力がある。アレクサンドリアの騎士たちは大昔から強い事で有名で、剣術では大陸一だろう。特に女性が強い国なので彼女たちは男よりも逞しく、負ける事を恐れない不屈の精神力を持っているのだ。ちなみに大昔の戦争でリンドブルムは彼女たちに痛い目を遭わされていたりもする。そして最後に、リンドブルムにはシド大公率いる有能なる技術者集団、そして霧の大陸でも有名な魔道士団が存在する。昔から、リンドブルムは戦争が始まらないよう抑止する立場にあるので、これに召喚士の力が加われば戦争はもう二度と起きないだろうとシド大公は見ている。戦争を抑止するには、それだけの力が必要だからだ。少々複雑ではあるが、平和の為ならば仕方のない事。
召喚士として、この世界でどういう立場であるのかを幼い彼女は知る必要がある。今の代は平和でいられるだろうが、次の代がどうなるかは今の代にかかっている。流石は、歴代の大公の中でも天才的な才能を持つシド大公だ。おそらく、先見の目はどの国の王よりも勝る。
「でも……巻き込まれる、という事になるのよね」
ほかの召喚士たちが生きていたら、今頃ガイアはどうなっていたのだろうか。その力を狙い、戦争が起きていても不思議ではない。彼らが滅ぼされたのは、宿命だったのだろうか、それとも別の何者かの企みか――――。
「彼女の意思は、関係無いのかしら…」
政治とは、そういうものなのだろうか。考えれば考えるほど、複雑な気持ちになる。しかし、自分はただの軍人、政治家ではない。そうだ、ただやるべきことをやればいい、深く考える必要はない。それでも、召喚士として生まれた彼女の事を、少し不憫に思ってしまうのは仕方のない事だった。