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生きる/17

<イプセン古城>

 イプセンの古城へ向かう彼らの飛空艇を見送り、名前は城へと戻る。現在、リンドブルムには必要最低限度の人員しかおらず、他の者たちは各国に散らばり復興の手伝いをしていた。特にアレクサンドリアの状況はひどく、今現在も遺体の回収が行われている。一方、ブルメシアはあの頃より随分と落ち着きを取り戻し、死者たちの埋葬もすべて終わらせたようだ。ブルメシア王は再び王宮に戻り、各地へ散らばった民を再び国へ呼び戻し、内政に取り掛かっている。

 そんな中、名前はブルメシア王から国を救ったとして恩賞である守りの指輪が授けられた。すっかり元気を取り戻した第零部隊隊長であるジルバートからは、我が隊の誉れとまで褒めちぎられ、嬉しいやら恥ずかしいやらどう対応を返せばいいかわからず、名前はただ困ったように笑う。今回、レイルとデルタの功績も認められ、デルタは第零部隊から第三部隊の隊長、そしてレイルは第四部隊の隊長へと驚異の昇格をしてみせた。そしてこの日から、第零部隊の被害が大きすぎた為部隊の再編制が行われ、第零部隊の存在が無くなることとなった。

「昇格祝いね、おめでとう二人とも」

「ありがと、お前もすごいじゃないか!」

「そうそう、ある意味俺たちよりもすごい気がするんだけど」

「うーん、その話は恥ずかしいからやめてってば」

「どうしてだよ、もっと自信を持てって隊長にも言われただろ?」

「う…うん、そうだけど……」

 3人がこうしてゆったりと食事の時間をとる事が、とても久しぶりのように感じられた。今まで様々な出来事が怒涛のように続いていた為、休暇という休暇が全くなかったためだろう。名前は療養中だったので、二人とは事情は少し違うが。今回のお祝いをかねての食事は商業区の居酒屋で行われる事となった。三人とも未成年ではあるが、お酒は軍規により飲めないのでオレンジジュースを頼んでいる。

「ヒルダ様も戻られたし、めでたし、めでたしだな」

「いや、まだラスボスが残ってるぜ」

「クジャね……」

「あいつが、ブラネを誑かしたんだろ?まぁ、ブラネのやったことは許せる事じゃないが……死人に何を言っても、仕方がないからな」

「……デルタ」

 彼女のおかげで、リンドブルムでも家族を亡くした者は多い。そのうちの一人がデルタでもある。レイルは元々両親を病で亡くしているので、ブラネに対しての憎しみはデルタ程ではないが、このことに関してレイルは口を挟まないようにしていた。

「ガーネット様が女王になるのなら、安心だな」

「えぇ、そうね、ガーネット様なら立派にアレクサンドリアを治世なさるわ」

「でもさ、まだ16歳になられたばかりだっていうのに、大変だよなぁ」

「…えぇ」

「でも、どうしてガーネット様に召喚士としての力があって、ブラネにはなかったんだ?」

「……」

 後々、アレクサンドリアのトット先生から聞いた話だが、ガーネット姫は実のところ、ブラネの娘ではないそうだ。ブラネの本当の娘は彼女がアレクサンドリア港に小舟で漂流していたのを発見された日、既に亡くなっていたそうだ。娘を亡くしたばかりのブラネは、我が子と瓜二つの姿をした彼女をガーネット姫として育てたそうだが、彼女が発見された当時、額に角が生えていたそうだ。先代国王の命令で角は切り落とされたそうだが、その時泣き叫んだらしい。何かのショックで彼女は記憶を失っており、本当の母親の事も今まで思い出せなかったそうだ。だが、今回召喚士一族の村、エーコの生まれ故郷でもあるマダイン・サリですべてを思い出したと語ってくれた。このことは、王族と一部の臣下のみが知っている秘密でもあるので、いくら親友と言えども彼らに事情を説明するわけにはいかなかった。何故、名前がその事を知らされたのかというのは、彼女の母が将軍であるのと、ガーネット姫と昔から交友があるためだ。このことは、ガーネット姫と親しいごく一部の者にしか知らせてはならない、もし他者に知れ渡ったら厳重なる処罰を下される事となる。これのせいで新たなる戦争の火種が生まれる事を恐れての考慮だ。だが、名前はたとえガーネット姫が正当なるアレクサンドロス家でなくとも、国民は彼女についていく、そんな気がする。

「まぁ、そんなこといいじゃない、わたしたちが気にすることではないわ」

「そうそう、俺たちはただ国を守ればいい、それだけだ」

「……あぁ、そうだな、小難しい話はやめよう」

 店を出た後、三人は劇場区近くの広場までやってきた。ここは、三人にとってはいろんな思い出が詰まった場所でもある。アカデミーの帰り、よくここに来てはいろんな話をしたり、剣術の練習をしたものだ。

「―――そうそう、お前たちにはまだ話してなかったけど、俺、来週結婚するんだ」

 そんな話、聞いたこともなかったので二人は思わず言葉を失った。

「……デルタ、その、相手ってのは?」

「キャロルだよ、お前たちも知ってるだろ、工場区にあるパン屋の子」

「あぁ、あの美味しいパン屋さんね!」

「あぁ―――」

「でも、唐突だなぁ、なんで言わなかったんだ?」

「なんというか、恥ずかしくて……それに、そんな話をしているような余裕、今までなかったろ?」

 確かに、デルタの言う通りだ。あの戦乱の中でその話をされても、素直に喜ぶ事が出来なかっただろう。何故、このタイミングで、と誰もが思う筈だ。

「でもさ、ほんと、びっくりしたよ、あの子の事は狙っていた人、多かったと思うんだけどどうしてゲットできたんだ?」

「確かに気になるわね、工場区一美人な子をどうやってつかみ取ったのかしら」

「…物みたいに扱うなよ」

「あはは、ごめんね、そっか、でもようやくデルタも落ち着くのね」

「落ち着くのねって、俺たちまだ15歳だぞ?信じられない速さでの結婚に俺は動揺を隠しきれない」

 先を越されたのが悔しいのか、レイルは負け惜しみの言葉を吐く。しかし、彼からの吉報を聞いてとてもうれしそうだ。

「ずっと、好きだったんだ、彼女も俺の事、好きだったみたいで……でもさ……彼女にずーっと勘違いされていたんだよね、俺」

「……勘違い?」

 すると、デルタは名前の鼻先をむに、と抓む。

「ちょっと何すんの!?」

「ああ、成程な」

「はぁ?ちょっと、レイルもどういう意味よ」

「だから、デルタとお前が恋仲だと勘違いされてたって事だよ」

 レイルの言葉に名前は目が点になる。そして、盛大なため息を吐いた。

「……心外だわ」

「おい、お前残酷すぎるぞ」

 久しぶりに、こんなに笑いあったと思う。夜空を眺めながら、名前は二人の手を掴む。

「さぁ、かけっこしようか、誰が一番城にたどり着くか」

「お、いいねそれ、久しぶりだから腕が鳴るなぁ」

 幼い頃、体を鍛える訓練の一環として帰り道によくやったゲームだ。

「ビリの人はデルタのお嫁さんの所で5万ギル分、パンを買う事!」

「おっ、俺としてはありがたいねぇ」

「で、デルタが負けた場合はピクルスを10本、一気に食べる事!」

「な、なんで俺だけそんな過酷な罰ゲームなんだ!?」

「よーいどん!」

「あ、こら、待てって!!!!」

 いつまでも、幸せが続くように。いつまでも、仲間たちとこうして笑いあっていられますように。走りながら、名前は星空に願った。

 翌朝、大量にピクルスを食べさせられたデルタはあまりの悪臭に、キャロルにキスをしようとしたが避けられてしまったらしくどんよりとした表情を浮かべていたとか。

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